救命救急の現場を
「臓器狩り」に駆り立てる体制作り

「脳死」臓器移植法成立当時、推進派やマスコミは「世界一厳しい移植法」だと騒いだ。
法施行3年間の事実は、法律が「殺人法」まがいのものであることを示す。
ドナーカードを持ったら救命治療はされないのである。

法施行以前は、殺人まがいの「臓器狩り」行為(心臓停止後?の臓器摘出ではあった)は、
移植推進病院にかぎられていた。
しかし今や、全国の普通の救命救急病院で起こっている。法の下、特殊が普遍化した。

1、法律は、「脳死」臓器移植が持つ根本矛盾を、救命救急現場に広げた。
救命救急病院を臓器提供病院(臓器摘出病院)に指定。  
 
2、法的に縛りを入れても、肝心のドナーが救命救急病院=「臓器提供病院」
に運び込まれなければどうにもならない

3、ドナーカードを持った人が救命救急病院=「臓器提供病院」に運び込まれても、臓器狩り行為 を医者がしなくては駄目 だ。
医者には、臓器狩り行為を使命と感じさせる特別のイデオロギーが、用意された。
 
4、損な役回りで、不利な立場の救命救急病院=「臓器提供病院」への担保を用意し、臓器狩りがで きる状況を保障する

1、 法律は、「脳死」臓器移植が持つ根本矛盾を、救命救急現場に広げた。
  救命救急病院を臓器提供病院(臓器摘出病院)に指定。
   
厚生省は、法施行3年の間に、全国の救命救急病院、救命救急センターや、公的病院など約400箇所を「臓器提供病院」に指定した。

「臓器提供病院」に指定されたということで救命救急病院には、救命とは正反対の使命が加わえられた。

すなわち、瀕死の状態で運び込まれた患者さんの救命だけを使命としていたのに、この瀕死の患者さんから生きていくために不可欠の臓器を刈取る、という矛盾した使命である。
「脳死」臓器移植の根本矛盾が、救命救急現場に持ち込まれた。

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2、 法的に縛りを入れても肝心のドナーが、救命救急病院=「臓器提供病院」に運び込まれなければどうにもならない。
 
厚生省や推進派は、ドナーカード(臓器提供意思表示)の徹底した普及と、「臓器提供病院」大幅拡大に努めた。

ドナーカードは、公的機関・流通機構・金融機関・興行機構・労働組合でのばらまき、企業での強制、有名人を使った宣伝・政府広報、免許証や保険証にはれるようなドナーシールに変身などなど、徹底してばらまかれ、3年間で、約6755万枚に達した。

臓器提供病院は、法施行当初、高度の救命救急ができる96病院と限定されていた。ドナーとされる人の救命治療をないがしろにしないためであった。
ところが、法施行1年目には3倍以上に急拡大した。
さながら、漁獲高を増やすため捕獲網を大きくする、かのごとき行為である。
現に、医師の間では、「厚生省から網がかかる」などと表現されている。

多量に出回ったドナーカードを持った人が、どこで頭部外傷を負っても、脳出血で倒れても、臓器提供病院で「捕獲」できるシステムが出来上がった。

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3、ドナーカードを持った人が「臓器提供病院」に運び込まれても、臓器狩り行為を 医者がしなくては駄目だ。
医者には、臓器狩り行為を使命と感じさせる特別のイデオロギーが、用意された。
 
移植医療の光と陰(闇)

移植医療で光が当たるのは、移植医や大学病院移植部門である。

自分の患者から臓器を刈取る救命救急病院=「臓器提供病院」の救命医、脳外科医は、移植医療の陰である。

この立場は不変だ。ドナーの救命治療がどうであったかが問われ、たたかれるのは、常に、救命救急病院=「臓器提供病院」の救命医、脳外科医であって、決定的に損な役割を引き受けさせられている。

移植用の臓器を刈取るために、自分の患者さんの救命治療をやらないまたは手を抜く、などということは、意識的な推進派、名誉欲、移植医へのおべっかい、経済的誘導、などでなくてはやれない。

誰でもがやれるものにするには、「自分の患者さんの救命治療を手抜きして臓器を刈取っている」といった意識を、消し去り、この行為を「大儀」で粉飾する必要がある。
移植推進派は、臓器狩り行為を使命と感じさせる特別のイデオロギーを用意した。
 
移植医療の陰(闇)=損な役回りという意識を、使命感に転化させる

移植に係わる4つの権利が、推進派から宣伝されている。
「臓器を提供する権利」「臓器を提供される権利」「臓器を提供しない権利」「臓器の提供を受けない権利」である。

もちろん上記のような権利は法的に存在しない。
権利として存在するのは、基本的人権(生存権)、生きる権利のみである。
医師の義務は、患者のこの基本的人権、生きる権利を全うさせることである。

しかし、推進派は巧みに「権利」を操り、更に踏み込む、「臓器を提供する権利」「この権利は何人も侵害してはならない」「医者はこの権利を遂行させる義務がある」と主張するにいたる。
これが現場の医師を呪縛する。

ドナーカードを持っている患者の基本的人権(生存権)は忘れ去られる(底辺に沈み込む)。
『臓器提供の意思』の尊重が、何よりも優先される。
ドナーカードを持って入院するや、「脳死で臓器を提供したい人」ととらえ、「脳死で臓器を摘出する」ことに義務感を感じる。使命感すら
このような状態に現場の医師が呪縛させられている。

これは、記者会見の席上で堂々と語った2人の医師の発言に端的に表れている。高知赤十字病院・西山医師「脳死にもっていけないかとおもった」(すなわち、意識的に脳死にもっていった)古川市民病院「脳死で臓器提供しないとまずでしょう」(10時間以上患者を野ざらしにして脳死にもっていた)。

さらに、 臓器提供に至らなかった病院では異口同音に「意思を尊重できなかった」と嘆いてみせる。嘆くべきは、救命のプロ、脳外科のプロとして患者を助けることができなかった点にあるはずだが。これに気づいているのか?いないのか?

「脳死」臓器移植法が、
医師の患者に対する「基本的人権」侵害行為に駆り立てる

法律は、救命救急現場の医師がドナーカードを見るや、反射的に、臓器提供者か否か、臓器をどうやって新鮮な状態で刈取るか、を考えさせてしまうところまで追い込んでいる。すでに連想ゲームのようなもので、頭部外傷、脳内出血等の、脳死状態になる可能性がある患者が入院しただけで、「脳死で臓器摘出」を考えてしまうところまで事態は進んでいるのではないだろうか?

 私たちのHPへの脳外科医からのメールが事態の深刻さを証明する。
「某大学病院の救急部は本末転倒しております。いままでは時間外の患者はいっさい受け付けなかったものが、臓器移植を担う施設になったのであわてて救急部(しかもベットはたったの2床!!)をつくったようです。そんなところに誰がかかるのでしょうか?『脳死』患者大歓迎ということなのでしょうか?」

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4、損な役回りの不利な立場の臓器提供病院への担保を用意し、臓器狩りがで きる状況を保障する

―脳死に至る過程、「脳死にもっていく」過程を隠してやる―         
 
厚生省は、ドナーのプライバシー保護とういうことで、ドナーの生存権が侵害される可能性のある救命救急現場を密室にした。5例目以降、救命治療はほとんど情報公開されなくなった。さらに、今年から(10例目以降)は、一切の救命治療は情報公開されなくなった。

―救命治療問題なしの検証結果のお墨付きを与え、免罪する―
 
ドナーの人権消滅を要求する移植が殺人ではなく正当な医療足り得るためには、ドナーとされる人の人権が全うされたのか侵害されたのかを検証すること以外にはありえない。

しかし、救命治療の検証は、最初から「問題なし」の結論ありきである。
厚生省主導の検証、さらに第三者検証(厚生省がお気に入りの有識者、移植推進派が委員)は、救命救急病院=臓器提供病院の救命治療は、問題なかったというお墨付きを与えるための機関になっている。

「初期救命=蘇生のABCがされていなくても問題ない」「手術をしなくても問題ない」「脳死判定後の脳死患者の身体にメスを突き立てて動いても問題ない」「脳死判定でミスが連発していても問題ない」等々。

救命救急病院=「臓器提供病院」から、移植用の臓器を新鮮な状態で刈取ってもらうためには、救命救急病院の救命救急は問わない、という担保が必要なのである。

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