沖縄県立那覇病院。腎臓摘出事件
脳外科医ら3人を殺人罪で告訴(99/3/11)したドナー(臓器提供者)家族からの投稿 !
Aさんらご家族は、お父様の治療と死に疑問を持ち、病院に何度も情報公開を求めましたが、頑として応じてもらえませんでした。
臓器移植ネットワークも、Aさんを変人扱いにして無視し続けました。
そればかりか、ご家族の一人の仕事(看護婦)を辞めさせるよう圧力をかけることまでもしたのです。
こんな中で、Aさん家族の傷は増すばかりで、やむにやまれず刑事告訴したのです。 Aさんへの暖かい励ましの言葉を頂けたら幸いです。
「心癒される時」
〜手を握りかえし、動きのある父が
「脳死」とされた理由を求めて〜1999.4.4 記
T、はじめに
1、脳死診断についての疑念
T、はじめに
私の父は、1996年12月12日くも膜下出血で倒れ、その8時間後にはICU主治医より「脳 死・脳死状態」と説明されました。
そして父は倒れてからわずか5日と17時間で心停止させ られ、移植の為に腎臓が摘出されました。
その父の脳死診断と救命治療と深夜中に急いで心停止させられた理由について、私は未だに納得出来ないでいます。
また、父本人が臓器提供 は嫌だと言っていたので反対という事を医師等は十分知っていながら腎臓を摘出した事につ いて、私は深く傷つき大きな疑念を抱いています。
そして、今尚、第三者的な監視システム が作動しない現状に心を痛めています。
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U、父の死に対する疑念として
1、脳死診断についての疑念
父は、くも膜下出血で倒れ8時間後に「脳死・脳死状態」と説明されました。 しかし父は、脳死ではありませんでした。
父は、亡くなるまで身体を動かし刺激に反応したり除脳硬直がみられ、「脳死」の条件 である深昏睡などとはとてもいえる状態ではありませんでした。
看護婦記録によっても、倒れて2時間目から8時間まで、意識レベルがGCS5点( =約 JCSV-200、深昏睡はGCS3点)で対光反射もあり、刺激反応もみられました。
当事の看護婦からの説明でも脳死ではなく意識レベルもよくなっていたということでした。 私が、看護婦としてICU看護婦記録を読む限り、父には意識があり動きもみられます。
自発呼吸もバイタル表から読み取れます。
当時見た、脳波も平坦ではありませんでした。
竹内基準では、除脳硬直がみられるときは脳死ではないとされており、脳死判定する必要 性はありません。
しかも、脳神経外科学第7版によれば、脳死診断・判断では深昏睡が第一 条件であるし、動きや除脳硬直がみられるときは脳死判定そのものをしてはならないとさ れています。
父は、除脳硬直があったのですから、脳死ではなく、脳死判定する必要性がないのはもち ろんのこと、することさえ出来なかったはずです。
ところが脳外科部長らは、脳死判定を行 いました。
その結果は、当然のごとく脳死ではなかったのです。
しかしこの結果は、私達には知らされませんでした。にもかかわらず、脳外科部長は、 父の身体的反応が活発になっても
「俺が脳死と診断したら絶対脳死なんだ」
と言い放ちました。
あくまで、父の状態を脳死・脳死と説明しながらも、家族が脳死診断に納得出来ないと言い 科学的な根拠を求めると、脳外科部長は、返事が出来ませんでした。
ただ全体的に少し浮腫 んできた身体をさして、
「脳死だから浮腫んできている。身体も脳もぶよぶよになっている。 どんどん見た目に醜い姿になるよりも早く楽にさせてあげることが本人の為」
等と言いました。それでも、私が腎臓提供や治療の打ち切りに大反対をしたため、今度は
「障害を持っ て生きる事は必ずしも幸せとは限らない。本人の為に早く楽にさせましょう」
と執拗に父の 死を迫るだけでした。
更に、後日弁護士を立てて院長交渉の末に入手した脳血管撮影のフィルムには、生前の父 になかった前歯が写っており、謎が深まるばかりです。
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2、救命治療に対して
父が倒れた8時間後、病院搬入された7時間半後、突然、ICU主治医から「脳死状態・脳死なので、積極的治療は無意味。
急変時NO―CPR(蘇生をしない。助けない)にしたい」といわれました。
救急車内で20分間の心肺停止を(実際は4分以内)根拠に脳死だから何をやっても意味が無い、手術についても、心肺停止時間を理由に脳死だから無意味だということでした。
しかし、わたしは、入院直後、救急室担当の医師からは、くも膜下出血だが、落ち着いたのでICUに移したとしか聞いていませんでした。
しかも、救急車内での20分間の心停止というのは根拠がなく、救急隊の記録によっても4分以内でした。
わたしは父の病状で、くも膜下の出血が続いているのか止まったのかを知りたくて、何度もCT検査をして欲しいと頼んだにもかかわらず、再検査はされませんでした。
結局、父のくも膜下出血に対する検査や治療には、懸命さが全く見受けられませんでした。
その一方で、父本人はともかく家族にさえ内緒で、移植用に摘出する臓器を保存する為の加水療法がおこなわれていました。
加水療法(=臓器保存術)で、5キロもの水分が父の体内に貯留していました。
父の脳は、くも膜下の出血で浮腫んでいるのですから、さらに、身体を5キロも浮腫ませる事は、父の脳治療にとって逆行することは確かです。
本人の為にならない処置を医療として行うのは問題です。
しかも、浮腫みは医師の行った加水療法が原因にもかかわらず、脳死だから浮腫んでいる等、虚言を用いた説明は、医師免許の乱用だと思っています。
つまるところ、父は、腎臓提供者として腎臓だけは大切に扱われても、肝心な父の病気のくも膜下出血に対する検査、治療はされませんでした。
正常な値であった腎機能検査だけが連日チェックされていました。
血液型検査も何故か3度も行われています。父は輸血や手術も行われていないのにです。
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3、急いで心停止させられた事について
「お父さんの心臓は非常に強いですね」入院時から何度も医師が、父の心臓のしっかりしている事を誉めていたように、実際父の心臓は、とても強かったと思います。
人工呼吸器で補助呼吸されている患者が、急激に人工呼吸器の換気量を絞られたなら、普通は心臓にかなりの負担がかかってしまいます。
父は、人工呼吸器の一回換気量を600mlから400mlへ減量されました(家族の反対を押し切って)が、一時的に心拍数が増加しただけで、すぐ自力で脈拍を80代に保っていました。
更に、医師の強引な説得で一回換気量が290mlに下げられましたが(12/18 0時:35分)、父の心拍・血圧は、ともに安定していました。
ところが、この46分後に父の強靭な心臓が急に停止したのです。ICU看護婦記録によれば、1時:15分心拍は80代でサイナスリズム(正常)の心電図でした。
ところが、わずか6分後の1:21分心停止を記録しているのです。
あれほど強靭な父の心臓が簡単に心不全を起こすとは思えません。
6分の間になにが起ったのでしょうか?不思議な事に、この肝心な6分間の心電図の記録が欠落しているのです。
また、父の最期に付き添っていた長女の証言では、父が亡くなる少し前に、脳外科部長が「おしっこの出が悪いから、おしっこの薬を入れましょう」と言って何かの薬を父に注射していたという事です。
これも、記録には残っておらず、何の薬を入れたかが判りません。
しかし、この直後に父の強靭な心臓が停止したのは確かです。
急変した6分間の心電図が欠落している事とあわせて、父に注射されたこの薬は、父の心停止に何らかの関係があるのではないかと思っています。
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4、腎臓摘出に対する怒り
父の遺体に手術の跡があり、私達ははじめて父の臓器が摘出された事を知って嘆き悲し みました。
父の死後の処置をするからICUを出るようにいわれ私達は、亡くなった父を部 屋に残して、外の待合室で待機していました。
そのときに、別のドアから手術室に父を運び 込み腎臓摘出の手術を行っていたのでした。
腎臓提供の同意書は、父が倒れて3日目に、沖縄を離れて20年になる次女一人から取ら れました。
同意をとるやいなや、父の治療は次々と打ち切られ、家族の知らないところで急速に腎臓摘出の準備が進められ、父の死を迫る病院の働きかけに大変戸惑いました。
同意書 作成をして24時間後には、移植スタッフが父の足元を取り囲み、腎臓には管も入れられて いました。
点滴もすべて止められ、更には「移植スタッフや手術室の都合もある、今晩中に 頂きたい」と言い出す始末でした。
その為に、医師は、人工呼吸器の換気量を600mlから 400mlへ変更する申し入れを私に迫りました。その時は、とてもショックで大泣きして反 対しました。
腎臓提供については、父本人が提供したくないと言っていたので私も反対である事を伝え、 何度もお断りしました。
そのことは、父が死亡する前に医師は知っていた事であり、カルテ にも本人が嫌だと言っていた内容や、移植・脳死にわたしが疑問を持ち受入れられないと記 載されているわけです。
同意書を書いた次女も「腎臓提供について、四女が強く反対したの で四女の意見を尊重したい」と医師に伝えています。これも主治医の記載で残っている訳で す。
本人が嫌だと言っていた事や、家族も反対している事を知っていながら、何故黙って再度 確認もなく3日目に入手した同意書を盾に摘出したのか。
何故、本人が嫌がっている腎臓を 取る為に、脳死でないのに脳死であるかのように虚偽の説明をし、心停止させられなければ ならなかったのか。
怒りはおさまるはずありません。
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V、父の死に対する疑念を通して見えてきた「脳死」を前提とした移植医療の残酷さについて。(水面下で操作されるドナーの医療)
父は助けてもらおうと思って、救急車で県立那覇病院に運ばれました。
当然救命治療がされると思っていました。しかし、最初から救命治療もしてもらえず、「脳 死」を盾にして、治療放棄を家族に迫っていたのです。
この時に用いられる「脳死」や「脳死状態」という言葉は、単に家族を諦めさせて、臓器提 供を承諾させるための手段でしかありませんでした。
さらに、この事によって、本人の救命 治療が、移植の為の準備に切り替えられる結果となりました。
自分達が家族の救命治療を十 分尽くせないままに、諦めたのではないかという思いで、家族はのちのちまで、ずっと、心 を痛める事となります。
ドナーとされた父への医者の対応をみて感じることは、ドナーは、レシピエントの犠牲に なるべき存在でしかありません。
ドナーとなれば、最初から治療の対象ではなくなり、移植 のために臓器を摘出するための臓器をもった身体として扱われる訳です。
父は、人間として ではなく、臓器として、部品として扱われました。
ドナーとレシピエントは決して対等に扱 われていません。
移植というのは、ドナーがあってはじめて成立する医療です。
2人の患者が対等に扱われてはじめて、医療といえるのではないでしょうか。
病院に搬入された段階で、患者や家族の知らないところで、既にドナーとして扱われている 現状には驚かされるばかりでした。
父の場合、脳死だという科学的な根拠がないばかりか、 意識があった(看護記録にあり)のに、常識にかけた脳死診断をされており、移植を推進す るずさんな救急医療が浮き彫りになってきました。
父の場合は、文献等に書かれている本来やるべき救命の為の治療や検査が全く見られませ んでした。
そればかりか、自発運動や除脳硬直や痛み刺激に対する反応が認められた訳です。
そういう状態は絶対に脳死ではない事を医師は十分すぎるほど知ってたる筈です。
にもか かわらず、「脳死」という言葉を乱用するのは大問題です。脳死でもない父を、何故、何の 為に脳死としなければならなかったのでしょうか。
患者家族がやれるだけの救命治療や検査 をお願いしているにも関わらず、医師の独断と選別により、本来救命治療を受けるべき患者 の権利が奪われる事は恐ろしい事です。
更には、患者や家族からは見えないICUという密室の中で行われる闇の加水療法につい ては、患者本人へただダメージを与えるだけです。
薬液を使って、父の身体を5キロも浮 腫ませた医療行為には、納得が行きません。
医療界は、水面下のドナーの治療について、もっと正直に国民に語るべきです。
臓器移植医 療について、愛の行為と移植を推進する方々はもてはやしますが、実際は、そんなものでは ありませんでした。
善意で同意書が作成されれば次々と善意の強要が行われ、ドナーへの人 権配慮が全くなくなってしまいます。
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W、おわりにー心癒される時
私の心が癒される時、それは父の死に対して納得できる答えが得られた時。
そして父を守れ なかった・助ける事が出来なかったという思いから解放される時。
父のように、本来救命治療 にあたるべき医師等が移植を推進するあまり、脳死でないにも関わらず安易に脳死宣告をし たり、脳治療とは逆行する臓器保存の為の加水療法を行い、納得の得られない状況で虚言を用いて死を強行するような事が二度と起こらないで欲しいのです。
さらに、疑念が生じたら、それを国民レベルで検証出来るような、徹底した情報公開がなさ れるシステムが必要不可欠だとおもいます。
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