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英国で「脳死患者は痛みを感じる可能性がある」という 医学論争が勃発
2000年8月20日(日)
「脳死状態」の臓器寄贈者が痛みに反応する可能性はあるか?
(アンドリュー・アルダーソンとジェニー・ブース記者)
ソフィー・パーク(11歳)は、2度にわたる心臓移植手術をもしも受けていなかったら、今頃きっと死んでいたはずだ。 今月の初め、ソフィーは“ドナーカード保持者100万人増加”キャンペーンを開始した。 ソフィーの母親と厚生大臣のハント卿もこれを後押しし、さらに政府の国民保健局(NHS)と薬品販売のブーツ社までがこれに協力して、一大キャンペーンへと成長した。
ところがソフィーの家族は昨日、仰天するような事実を知った。「“すでに死んでいる”臓器寄贈患者でも自分の臓器を摘出されている最中に痛みを感じている可能性が高い」という懸念をめぐって医学的な論争が起きているというのだ。そして、この論争のせいで、他の患者が臓器移植を受けられなくなるのではないか、と不安に駆られた。
ソフィーの母親のジェーン・パークは、たとえ正当な議論であっても、議論が行なわれたというだけで臓器移植プログラムが何年か後戻りしてしまうのではないかと不安を口にしている。 パーク夫人は(イングランド南西部の)グロスターシア州に暮らしているが、今回、次のように語ってくれた――「臓器寄贈患者と移植プログラムがなかったら、ソフィーは今日生きていなかったはずです。 だから人々に臓器の寄贈を躊躇[ためら]わせるようなことは、なんであれ不安に思えるんです。 いま現在、途方もなく多くの人々が、臓器移植を心待ちにしているんです。自分に適合する臓器を持った寄贈者が現われないものかと、首を長くして待ち望んでいるのです。 今回の医学論争は、まちがいなく我々の不安のタネになるでしょうね。もしもこの論争がきっかけで世間の人々が臓器寄贈に二の足を踏むようなことになれば、なおさらですけど」。
*臓器を摘出されている最中に痛みを感じている可能性が高いということは、生きている可能性が高いことである。麻酔をかけてまで、移植のために臓器摘出を強行すること自体が、臓器提供者・ドナーとされる人の人命軽視どころか、合法殺人である。麻酔をかけるべきか否かの論争の余地はない!即刻、臓器摘出を中止し、救命治療に切り替えるべきだ。
今回の論争の火付け役は、ノーフォーク・ノリッジ病院の顧問を務めている麻酔専門医のフィリップ・キープ博士であった。彼は「“脳死状態[ブレイン・デッド]”の臓器寄贈患者でも臓器摘出の最中に痛みを感じている可能性が高い」という懸念を持った。 こうした不安から、彼は、現行の移植用臓器摘出ガイドラインを改訂して「臓器摘出の前に寄贈患者に麻酔をかける」ことを義務化しないかぎり、ドナーカードを持たないことにした。
キープ博士(58歳)は、(英国)王立麻酔科医師協会(RCA)が発行している『麻酔』誌(Anaesthesia)に「多くの専門医も、実際、この問題に不安を感じている」と訴える投書を行ない、ここから今回の論争が始まった。
今週の末、ノリッジの自宅で、彼は我々の取材に対して次のように語ってくれた――「看護婦たちは、もう心底動転していますよ。なにしろ(“脳死状態[ブレイン・デッド]”の患者の)身体にメスを刺し込んだとたん、患者の心拍と血圧が急上昇するのですから……。この状態で放っておけば、患者はやがて動きだし、のたうち回りだします。そして臓器摘出手術なんかできない状況になってしまうんです。だからうちの病院の外科医は、つねに我々にこう要請してきました。臓器寄贈患者に麻痺をかけてくれ……とね」。
集中治療学会(ICS)は昨年、医師たちの意見をまとめて「臓器寄贈患者に麻酔をかける必要はない」という移植用臓器摘出ガイドラインを定めたが、今回、キープ博士はこれを痛烈に批判したわけである。そして他の専門医たちも、キープ博士の意見を支持している。
いったんはドナーカードを手にした臓器寄贈志願者たちが「臓器摘出の際に痛みを感じるかもしれない」という話に恐れをなしてカードを破り捨ててしまう、という可能性が噴出したのは、昨日のことである。
キープ博士は言う――「私は臓器移植には大賛成です。だから移植用臓器を獲得するために、あらゆる努力をすべきだとは思うのですよ。しかし、臓器摘出を受けている患者に麻酔をかける必要を認めない以上、現行の手続きで臓器摘出を行なうのは大いに問題があるのです」。
さらに彼はこうも語った――「私がドナーカードを持たないと決めたのは、まさにそれが理由だからです。自分の臓器が取り出される前に誰かが確実に麻酔をかけてくれると判れば、私だってドナーカードを持ちますよ。私と同じ不安を持っている人はたくさんいるでしょうが、そうした人たちも(臓器摘出前に麻酔をかけると保証されるなら)ドナーカードを捨てるなんてことはしないと思いますよ。臓器寄贈患者に確実に麻酔投与が行なわれるなら、臓器寄贈の志願者は今後増えていくと思いますがね」。
*臓器摘出される時に、メスを身体に突き立てられて痛みを感じる
から麻酔をかけ欲しい。そこまでして、自分の動いている心臓を
適出されたいと考えるとしたら、よっぽど、「愛の行為」「命のリレー」
キャンペーンでものが見えなくなっているとしか思えないが?
「私は、こうした(脳死状態の)臓器寄贈患者が確実に“まだ生きている”と言っているのではありません。それに、こうした患者が痛覚を保持していると主張しているわけでもないのです。私が主張しているのは、こうした患者は実際のところ、生きているのか死んでいるのか、はっきりとは判らないのだ、ということなのです。そしてこうした患者が何らかの形で痛みを感じられるものなのかどうかも、はっきりとは判らない。現状がそうである以上、私はドナーカードを持つ心境にはなれないのです。」
この論争の中心的な争点は、「脳死(brain dead)という用語がいかなる状態を指すか」という問題と、「患者の心臓が止まってしまったら、もはや肺・肝臓・心臓を移植用臓器として使うことはできないのか」という問題である。
キープ博士は言う――「現状では、必要な臓器をすべて摘出し終えるまで、臓器寄贈患者の心臓を(人工心肺を使って)動かし続けておかなければならないのです」。
現在、臓器移植の待機患者は5500人を数える。 昨年、移植手術を受けて命拾いした患者は2800人。その大部分は、腎臓移植だった。 英国の病院における臓器移植実施の調整役を果たしている「UKトランスプラント」の広報官によれば、国民保健局(NHS)の臓器寄贈登録に掲載された臓器寄贈志願者は800万人にも達しているが、実際に寄贈を行なう人数は減っているという。 彼女は言う――「1990年には1009人の臓器寄贈者がいたのですが、その数は年々歳々減り続けています。昨年なんて、寄贈者はたった815人しかいなかったんです。暗澹[あんたん]たる状況でして、不安は増す一方です。臓器移植の待機患者は1990年以来、毎年4パーセントの割合で増え続ける一方なのですから」。
*麻酔をかけてまで、移植のための臓器摘出をしなければならない状況が異常なのである。片方が、死ぬこと(このレポートの場合殺されるといった方が正確)を前提にした臓器移植は、はじめから需要供給のバランスが崩れることは明らか。しかも、一度移植された人が拒絶反応などにより、何度も移植を繰り返しすことから一層移植の待機患者が増えることとなる。さらに深刻なことは、移植以外の治療法が、移植で停滞してしまう可能性が大きくなることだ。移植以外の治療法開発に全力すべきであろう。
現在受け入れられている「脳死」の定義は1970年代に決められたもので、その内容は「脳全体のすべての機能の不可逆的な停止」というものである。 ところが現実には、脳機能の監視装置(脳波計)が“高次脳”(高級な神経活動を司る大脳)の活動の証拠を示しているのに、臓器の摘出を平気で行なう場合が多く、キープ博士以外にも、この点に不安を感じている麻酔専門医は多い。 なにしろ、“高次脳”が発する脳波がいったい何を表わしているのか、いまのところ誰も判らないのであるから……。
『麻酔』誌(Anaesthesia)の編集人であるマイケル・ハーマー教授は、キープ博士の主張には同意できないと言い、「麻酔専門医の99.9パーセントは私と同じ意見だろう」と語る。 彼は言う――「キープ博士がセンセーショナルに語っている場面(つまり臓器摘出中の“脳死”患者の反応)を、私はこれまで見たことがないし、私の知っている人でそんな光景に出会った者など一人もいませんよ。まったく問題はないのです。“脳幹死”の患者から臓器を摘出してもよい、と決めた現行の移植用臓器摘出基準は、絶対的な信頼性があります。これについては皆、絶対的な確信を持っていますよ」。
しかし集中治療学会の会長を務めるジャイルズ・モーガン博士は、もっと慎重な態度をとる。彼に言わせれば、“臓器寄贈患者の福祉[ウェルフェア]”について心配する態度こそ健全なのであって、現に彼自身、いまだに臓器寄贈患者に麻酔を施してから臓器摘出を行なっているという。 「どうしてそんなことをするか、ですって? それは私が人間だからですよ。人間ならば、不快なことはしたくないでしょ。麻酔なしで臓器摘出をするなんて、心にトラウマ(精神的外傷)が残りますからね」。
- *「心にトラウマ(精神的外傷)が残る」ということは、麻酔なしで臓器摘出をすることが、「殺人を犯している」と思うからだろう。脳死判定で「脳死」とされ、死んだことになっているけれど、生きていることを実感してしまうからに他ならない。
25歳の娘を先月「脳腫瘍」で失った両親は、昨日、こんな話をしてくれた。……彼らは躊躇[ちゅうちょ]なく、娘の臓器を7人の患者に分け与えることに同意したという。 彼女の肝臓は、「余命24時間」と宣告された瀕死の男性に移植された。腎臓は2人の別の患者の元へ行った。心臓弁と角膜も、別の4人に移植され、移植前よりもましな健康状態になった。 この女性の父親は陸軍の元軍医である。身元を明かさないよう頼まれたので、これ以上のことは書かないが、彼は愛娘が臓器摘出の痛みを感じてなかったと信じている。
*同意した以上、信じる以外ないであろう。
想像しただけでもむごすぎるから、、
彼はこう言った――「私たちは、その(“脳死”患者が臓器摘出時に痛みを感じているかも知れないという)点については、不安は全くありませんでした。 脳幹機能の確認検査が行なわれた際に、私自身、立ち会っていましたから。医師たちの比類のない愛情と手当を受けることができたことに、私は満足以上のものを感じています」。
*「脳幹機能の確認検査が行なわれた際立ち会ってた」というが、
臓器摘出されるのは手術室であり、立ち会うことはできなかったと思う。
「痛みを感じる可能性」すなわち、脳幹機能の痛み刺激に対する
反射がまだある、と気づくのは、メスを突き立て、臓器摘出する時
である。この女性も、痛みを感じ、のたうち回った可能性はある。
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