法的脳死判定マニュアル
厚生省厚生科学研究費用特別研究事業
「脳死判定手順に関する研究班」
平成11年度報告書
(平成11年10月1日発行)

厚生省厚生科学研究費用特別研究事業
「脳死判定手順に関する研究班」
    大熊 輝雄(国立精神・神経センター前総長、現在大熊クリニック院長)
    加藤 元博
    竹内 一夫(杏林大学名誉教授)
    武下 浩(宇部短期大学学長)
    貫井 英明(班長)(山梨医科大学脳神経外科教授)
    横田 裕幸
    (五十音順)
はじめに

臓器の移植に関する法律(平成9年法律第104号。以下「臓器移植法」という)の施行後、脳死下での臓器提供事例がこれまでに4例行われているが、それらの事例に関連して、臓器移植法に基づく脳死判定(以下「法的脳死判定」という)を行う際に従うべき事項(臓器移植法施行規則、臓器の移植に関する法律の運用に関する指針(ガイドライン)等に規定)には、実際に判定を行う上で不明確な点があるとの指摘がなされている。
そもそも法的脳死判定においては一般の臨床現場における脳死の診断等の際に参照するものとは異なり、一定の規範性を持った基準が用いられているため、それらに反することを持って直ちに法令違反に問われる可能性があり、それらの基準については、その設定趣旨、確認方法等を可能な限り明確にすることがのぞましい。
本報告書は、そのような目的の下で作成されたものである。本報告書に記載された各確認項目の検査方法については、あくまでも現時点において適正に法的脳死判定を行うための標準的なものとして記載されており、その他の方法についても、実質上同等なものであれば問題はないと考える。しかし、そのような判断は極めて慎重に行われるべきであるため、法的脳死判定を各臓器提供施設において行う際には、基本的には本報告書を参考にして行っていただくことを望むものである。なお、本報告書は、臓器移植法あるいは関連政省令の改正、新しい医学的知見の普及等に併せて、適宜その内容が更新されるべきものである。
本報告書は、3章で構成される。
第1章は。「法的脳死判定の際に守るべき事項」を列記しており、本章を読むことによって、臓器移植法に基づく法的脳死判定手続きの骨格を理解することができる。また、実際の判定実施において、いわばチェックリスト的なものとしても機能することを期待している。
第2章は、「法的脳死判定の実施マニュアル」として、各確認項目の具体的な検査方法について、「厚生省厚生科学研究費特別研究事業『脳死に関する研究班』昭和60年度報告書」及び平成3年2月に公表された「厚生省『脳死に関する研究班』による脳死判定基準の補遺」の関連部分の内容を基礎に、必要な情報をわかりやすく解説する形で説明している。
第3章においては、その他参考情報として、法的脳死判定を含めた臓器提供手続きの一連の流れ、法的脳死判定手続きを行う上で参照することが望ましい事項、文献等を収載している。
なお、本手順書の作成に当たっては、日本脳神経外科学会・臓器移植検討委員会がまとめた「脳死判定基準」、「脳死判定の実施マニュアル」及び同委員会が脳は検査専門委員の協力でまとめた「ICU内での脳波検査の手引きーアーチファクト混入を減ずるための注意点」を参照し、また、厚生省臓器移植対策室の協力により作成したものであることを付記しておく。
平成11年9月
厚生省「脳死判定手順に関する研究班」


第1章
法的脳死判定の際に守るべき事項

法的脳死判定は、臓器提供希望者の書面による意思表示等により可能となるが、本省においては、「厚生省厚生科学研究費特別研究事業『脳死に関する研究班』昭和60年度報告書」、平成3年2月に公表された「厚生省『脳死に関する研究班』による脳死判定基準の補遺」、臓器移植法施行規則、同法の運用指針(ガイドライン)等を基礎に、法的脳死判定手続きの概略を記した。これらの項目が、法的脳死判定の際に守るべき事項の骨格であり、これらを理解した上で第2章「脳死判定実施のマニュアル」を参照することが望ましい。

判定に迷う場合は、
厚生省保険医療エイズ疾病対策課臓器移植対策室(ダイヤルイン:03−3595−2256)に
連絡すること、医学・法律コンサルテーションが可能である。
−1−

T、脳死と判定するための必須条件
[1] 前提条件を完全に満たすこと。
[2] 除外例を確実に除外すること。
[3] 生命徴候を確認すること。
[4] 脳死と判定するための必須項目(Xに記述)の検査結果が全て判定基準と一致
していること。
→[1]〜[3]の条件が満たされない場合は脳死判定を開始しない。
[4]での検査結果が判定基準と一致しない場合はその時点で脳死判定を中止する。

U、前提条件
[1] 器質的脳障害により深昏睡及び無呼吸を来している症例
[2] 原疾患が確実に診断されている症例
[3] 現在行いうる全ての適切な治療をもってしても回復の可能性が全くないと判断される症例

V、除外例
[1] 脳死と類似した状態になりうる症例
    1) 急性薬物中毒
    2) 低体温:直腸温、食道温等の深部温が32℃以下
−2−

    3) 代謝・内分泌障害
[2] 15歳未満の小児
(臓器の移植に関する法律施行規則(平成9年厚生省令78号)では医学的観点から6歳未満の患者を除外しているが、法的な本人の意志確認の観点から15歳未満の患者の法的脳死判定は行わない)
[3] 知的障害者等、本人の意思表示が有効でないと思われる症例(当面、法的脳死判定は見合わせる)
注:脳幹反射検査、無呼吸テストの実施が不可能あるいは極めて困難とあらかじめ判断され る症例においては、当面脳死判定を見合わせる。

W、生命徴候の確認
[1] 体温 
 直腸温、食道温等の深部温が32℃以下でないこと。
[2] 血圧 
 収縮期血圧が90mmHg以上であること。
[3] 心拍、心電図等の確認
 重篤な不整脈がないこと。

X、脳死と判定するための必須項目
 法的脳死判定に先立って、臨床的に脳死と判断する場合には[1]〜[4]、法的脳死判定
には[1]〜[5]の確認
―3−

が必要である。
  具体的実施方法、判定法は第2章において述べる。
[1] 深昏睡
[2]両側瞳孔径4mm以上、瞳孔固定
[3]脳幹反射の消失[以下1)から7)の全てを確認する]
    1) 対光反射の消失
    2) 角膜反射の消失
    3) 毛様脊髄反射の消失
    4) 眼球頭反射の消失
    5) 前庭反射の消失
    6) 咽頭反射の消失
    7) 咳反射の消失
[4]平坦脳波
→聴性脳幹誘発反応の消失:必須条件ではないが確認することが望ましい。
[5]自発呼吸の消失

Y、法的脳死判定における観察時間
 第1回目の脳死判定が終了した時点から6時間以上を経過した時点で、第2回脳死判定を開始する。
 なお、原因、経過を勘案して、必要な場合は更に観察時間を延長する。
―4−

Z、脳死判定時刻
 第2回目の脳死判定終了時刻をもって脳死と判定する。

[、脳死判定医
[1] 倫理委員会等において選任され、下記の条件を全て備えている医師が行う。
    1) 脳神経外科医、神経内科医、救急医又は麻酔・蘇生科・集中治療医で学会専門医又は学会認定医の資格を持つ者
    2) 脳死判定に関し豊富な経験を有する者
    3)臓器移植に関わらない者
[2] 判定は2名以上で行う。
[3] 判定医の内少なくとも1名は、第1回目、第2回目の判定を継続して行う。

\、家族の立会い
 希望があれば、家族の立会のもとで脳死判定を行う。

]、脳死判定の順序
[1] 必要書面の確認
    1) 意思表示カード等、脳死の判定に従い、かつ臓器を提供する意思を示してる
    本人の書面
−5−
    2) 脳死判定承諾書(家族がいない場合を除く)
    3) 臓器摘出承諾書(家族がいない場合を除く)
[2] 前提条件の確認
[3] 除外例の確認
[4] 生命徴候の確認
[5] 深昏睡の確認
[6] 瞳孔散大、固定の確認
[7] 脳幹反射消失の確認
[8] 平坦脳波の確認
→聴性脳幹誘発反応の消失:必須条件ではないが確認することが望ましい。
→[6][7][8]の相互の順序は問わない。
[9] 自発呼吸消失の確認 (必ず[6]〜[8]の確認の後に実施する)
[10] 脳死判定記録の確認
    1) 脳死判定の的確実施の証明書 p.48
    2) 脳死判定記録書 p.50
    3) 脳死判定の検査結果について、診療録に記載し又は当該記録の写しを貼付する。
−6−
第2章
脳死判定実施のマニュアル

この章は、実際に脳死を判定するに際しての具体的な実施方法および判定方法をし示したものであり、これらの方法は一般的に用いられ、適切な方法であると評価されているものである。
また、脳死判定においてはこのマニュアルに示された実施方法を原則とするが、他の方法を用いる場合にはマニュアルに示した方法と同等の信頼性および安全性が確立された方法を用いる必要がある。
−7−
T、書面の確認
本項目については移植コーデイネーターにより確認されるものであるが、判定医自身も確認しておくこと。
[1]意思表示カード等、脳死の判定に従い、かつ臓器を提供する意思を示してる本人の 書面
[2]脳死判定承諾書(家族がいない場合を除く)
[3]臓器摘出承諾書(家族がいない場合を除く)

* この下に臓器提供意思表示カードの表、裏 が貼られている。
―8−

U、前提条件の確認
[1]器質的脳障害により深昏睡及び無呼吸を来している症例
    1) 深昏睡
    ジャパン・コーマ・スケール(JCS):300
    グラスゴー・コーマ・スケール(JCS):3
    2)無呼吸
[2]原疾患が確実に診断されている症例
病歴、経過、検査(CT等の画像診断は必須)、治療等から確実に診断された症例
[3]現在行いうる全ての適切な治療をもってしても回復の可能性が全くないと判断される症例
−9−

V、除外例
[1]脳死と類似した状態になりうる症例
    1) 急性薬物中毒
    @ 周囲からの聞き取り、経過、臨床所見などで薬物中毒により深昏睡及び無呼吸を生じたと疑われる場合は脳死判定から除外する。
    A 可能ならば薬物の血中濃度の測定を行い判断する。ただし薬物の半減期の個人差は大きい事を考慮する
    [備考] 急性薬物中毒ではないが、脳死判定に影響を与えうる薬物が投与されてい る場合
      @ 原因、経過、病体を勘案した総合的判断が必要である。
      A 可能ならば薬物の血中濃度の測定を行い判断する。
      B 薬物の血中濃度の測定ができない場合は、当該薬物の有効時間を見計らって脳死判定を行うことが望ましい。
      →問題となりうる薬物
      * 中枢神経作用薬
        ・静脈麻酔薬、
        ・鎮静薬、
        ・ 鎮痛薬
        ・ 向精神薬、
        ―10−
        ・ 抗てんかん薬
      * 筋弛緩薬―刺激装置で神経刺激を行い筋収縮が起これば筋弛緩薬の影響を除外できる。
    2) 低体温:直腸温、食道温等の深部温が32℃以下
    3) 代謝・内分泌障害
    @ 肝性脳症
    A 非ケトン性高血糖性脳症
    B 尿毒症性脳症
    C その他
[2]15歳未満の小児
[3]知的障害者等、本人の意思表示が有効でないと思われる症例
(当面、法的脳死判定は見合わせる)
注:脳幹反射検査、無呼吸テストの実施が不可能あるいは極めて困難とあらかじめ判断される症例においては、当面脳死判定を見合わせる
−11−
W、生命徴候の確認
[1]体温 
 直腸温、食道温等の深部温が32℃以下でないこと。
[2]血圧 
 収縮期血圧が90mmHg以上であること。
[3]心拍、心電図等の確認
 重篤な不整脈がないこと。
―12−
以下X、 略。
Z 脳幹反射の消失の確認

[7]咳反射
1) 観察方法
@ 気管内チューブより十分長い吸引用カテーテルを気管内チューブをこえて気管支壁に到着するまで挿入する。
A 気管、気管支粘膜に機械的刺激を与える。
B 機械的刺激に対し咳が出るかどうか観察する。
2) 判定方法
@ くり返し与えた機械的刺激にも咳が認められない場合、咳反射なしと判定する。
A 明らかな咳はなくても、機械的刺激に応じ胸郭などの動きが認められた場合は咳反射ありと判定する。

以下第3章 Wまで、略。

W、参考文献
【脳死臓器移植に関する規則および指針】
1、臓器の移植に関する法律(平成9年7月16日 法律第104号)
2、臓器の移植に関する法律施行規則(平成9年10月8日 厚生省令第78号)
3、「脳死の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)
(平成9年10月8日 健医発第1329号)
【文献】
1、脳死の判定指針及び判定基準(厚生省厚生科学研究費用特別研究事業
「脳死判定手順に関する研究班」昭和60年度報告書)
日本医師会雑誌、94:1949−1972,1985
2、脳死判定基準の補遺(厚生省「脳死に関する研究班」による脳死判定基準の補遺)
日本医師会雑誌、105:525−546,1991
3、脳死判定基準(いわゆる竹内基準)覚書、神経所見と無呼吸テスト
日本医師会雑誌、118:885−865,1997
4、脳死判定基準(いわゆる竹内基準)覚書、補助検査
日本医師会雑誌、119:803−805,1998

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