臓器移植法のもとはじめて行われた
高知赤十字病院「脳死」臓器摘出・移植で、
見えてくるもの

〜ドナーカードは、
死界への片道キップ」?!〜
これを持ったら、救命治療はしてもらえない?
これをみせたら、救命救急病院は、
臓器刈り(命刈り)病院」となる?
1999.5.23記
(資料は後日公開)


U 日本列島が高知赤十字病院に釘付けになった日を振り返って

2、入院直後から脳死臓器移植日本第一号の体制が取られていたのではないか という疑念

3、救命救急セーンターでありながら、臓器提供病院であったが為に、関心が 脳死判定にいってしまっていたのではないかという疑念
   
4、「脳死」に持っていったのではないかという疑念

5、「脳死」という事にしてしまったのではないかという疑念

6、「脳死」でなかったのではないかという疑念
 
7、救命どころか、頻回の無呼吸テストは、殺人行為にも等しい

8、早い段階でドナーカードの提示を求めた可能性がある。

9、重度のくも膜下出血患者を救命した日本大学板橋病院との比較
 
X 検証の結論

Y 高知赤十字病院「脳死」臓器摘出・移植が、わたしたちに示したこと

Zおわりに
 

T、はじめに
 5月12日起床時“慶応病院入院中のドナーカードをもった患者さんが「脳死」と判定され臓器摘出予定”というTV報道で、厚生省・臓器移植ネットワーク・慶応病院、三位一体の見事な「密室医療」に驚愕した。
「脳死」臓器移植法のもとに行われた「脳死」臓器摘出は、一例目二例目ともにドナーとされた患者さんの救命現場は「プライバシーの保護」で完全に藪の中とされた。
今後もおそらく厚生省・臓器移植ネットワーク・臓器提供病院は、組織的に、「プライバシーの保護」を盾に、ドナーとされる患者さんの救命現場を「密室」にして3例目4例目と「脳死」臓器摘出・移植を押しすすめていくであろう。
今は、移植推進に弾みがつき、1年後の「脳死」臓器移植法改正で「脳死は人の死」「拒否していなければ臓器摘出ができる」ものにしようという動きさえ強まっている。「密室」のなかで、生殺与奪の権利を医者が一方的にもつ事態が進行している。
これをくい止めるためにも、いろんな問題が露呈した1例目の高知赤十字病院での「脳死」臓器摘出・移植を、検証する必要がある。
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U、日本列島が高知赤十字病院に釘付けになった日を振り返って

97年10月に(脳死)臓器移植法制定されて以来1年4ヶ月、
「脳死」で臓器提供する人をまだかまだかと、首を長くして待つムードが、厚生省、「脳死」臓器移植推進議員、臓器移植ネットワーク、臓器移植学会の主導のもと、マスコミを使って、日本列島を取り巻いていた。
移植を待つ人が、1日何人死んでいる、日本で臓器提供者がいないから高い金を使って渡米している。
「脳死」で臓器提供する人がでないのは、臓器提供施設が足らないからで臓器提供病院を増やそう、ドナーカードの普及が悪いからで、もっとドナーカードを身近に持てるようにしよう。,br>ついに、日本国中といっていいほどの数の救命救急病院が、臓器提供=摘出病院にされ、ドナーカードは手に入れやすいようにいたるところにばらまかれた。
こんな状況の中、去る2月25日夕食後一家団欒の時間帯、テレビで突然、臓器移植法初の「脳死」移植報道が流れた。
日本列島が大騒ぎになった。高知赤十字病院(資料 1)で、くも膜下出血(資料 2)の患者さんが「脳死状態」になったという。
しかし、その数時間後「脳死ではなかった」え!「救命治療はされているの?」誰しもが、この人の身を案じはじめた。
報道記者も「救命治療」について質問しはじめた。
とたん、厚生省は「プライバシー保護」を盾に、マスコミの口を封じた。「プライバシー保護」の密室のなかで、「生存権」「人権」が犯される可能が生じた。
救命治療はされているのか?されてきたのか?
「脳死」臓器移植が「殺人行為」ではないことを証明するために、和田心臓移植事件を繰り返さないために、徹底した情報公開の必要なところが、こともあろうに厚生省の手で、闇に隠されてしまった。
ついには、法に基づく「脳死判定」でさえ、闇に隠されてしまったのである。
「見えない死」といわれる「脳死」は「密室で宣告される死」でもあったのだ。
密室で「脳死」と宣告されたとたん、一転して、情報はいっきに解禁された。
臓器摘出から臓器移植手術の成功まで、日本列島・北から南から新幹線、ヘリコプターが、世界的に高名な医者や、看護婦を高知に運び、「生きた臓器」をアイスボックスにいれ立ち去る様を描きだした。
日本列島は「脳死」臓器移植賛美報道一色のお祭り騒ぎとなった。
ドナーとされた患者さんの心臓と肝臓と腎臓は、日本国中から注目され最高の医療がなされ大切にされた、しかし、その臓器を持っていた患者さん(Sさん)はこれほど大切にされたであろうか?
最高の医療がなされたであろうか?
ドナーとレシピエントの両方を殺したといえる和田心臓移植事件以来、
31年ぶりの「脳死」からの心臓移植は、あっという間に終わってしまった。
「本当に動いている心臓が、患者さんから切り取られてしまった」何ともいえないそこ恐ろしさが、迫ってくるものであった。
「命のリレー」「愛のギフト」という美しい言葉を使えば使うほどに、限りなく深く大きい疑惑が湧き出してくる。
ドナーカードをもったら最初から移植のために臓器を取られる対象にされるのではないだろうか?
救命救急センターに運ばれても、ドナーカードをもっていたら、そこはもう、臓器刈り病院になってしまうのではないだろうか?
私達は、このような観点から、リアルタイムに報道された事、3・15公表された公式見解の経過にもとづき検討を加えたい。
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V、問題提起

私達は、脳死の伴う臓器移植は、厚生省や臓器移植ネットワークなどがいうような「愛の行為」ではなく「殺人行為」であると訴えてきました。
その理由は「脳死」臓器摘出・移植が、次のような根本的矛盾をもつからです。
  @Aの患者んの救命治療をしつつ、Bの患者に移植するためにAの患者から生命維持に不可欠の臓器を取ることを考えなくてはならない。
  AAの患者の救命治療を打ち切らなければ、Bの患者の移植のための生きた臓器は得られない。
  Bしかも、Aの患者の救命治療を出来るだけ早く打ち切り、Bの患者のために摘出する臓器を保存しなければならない。
この根本矛盾のために、「脳死」臓器摘出・移植には、常に、早々に救命治療を打ち切るか、救命治療をしないで、移植のための臓器保存に切り替えるという誘惑が常に生じる。
 「脳死」臓器摘出・移植の根本的矛盾が生まれ「医療行為」(救命治療)が「殺人行為」にすりかえられるところは、ドナーカードを持った患者さんが運ばれる救命救急の現場である。
ドナーカードを持った患者さんが、救命救急の対象と迎え入れられたか?移植のために臓器を取られる対象として迎え入れられたか?によって、この患者さんの運命は決定つけられる。
もちろん、救命救急の対象と迎え入れられても、必ずしも助かるとは限らないが、患者の必死に生きようとする力を助けようという努力は為される。
しかし、移植のために臓器を取られる対象として迎え入れられた場合は、助けてもらえないで確実に死ぬ、即ち殺されるのである。
このような「脳死」臓器摘出・移植の根本矛盾を念頭において、高知赤十字病院における「脳死」臓器摘出・移植の検証をしなければ、本質は見えてこないといえる。
ドナーカードを持っていたSさん(ドナーとされた方)が、高知赤十字病院・救命救急センターで、救命救急の対象と迎え入れられたのか?
移植のために臓器を取られる対象として迎え入れられたのか?を検証していく。
私達は、Sさんは、最初から、移植のために臓器を取られる対象として迎え入れられたと考えている。
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W、高知赤十字病院救命救急センターの現場・検証
検証の視点
・Sさんは、救命救急の対象と迎え入れられたのか?
・移植のために臓器を取られる対象として迎え入れられたのか?

仮説
・Sさんは、最初から、移植のために臓器を取られる対象として迎え入れられたので はないだろうか?

1、初期診断・治療において、救命への真剣な視点が欠如していたのではないかという疑念。最初から「手後れ」ありきであったのではないかという疑念

1)Sさんは、搬送中も病院到着時も、心臓は動き呼吸はしていた。にもかかわらず、運び込まれるや「手後れ」診断されているが、それほどの最重症であったとは、考えにくい。
・Sさんは、倒れてから1時間近く車に揺られて病院に到着したにもかかわらず、心臓や呼吸は一度も止まっていないのである。病院到着時も心臓は動き呼吸はしていた。
救急車内で救急隊が行なった救急処置にしても、「酸素マスクを鼻と口に当てた」「嘔 吐物を吸引、空気を肺に送る気道を確保する処置をした 」(2/27朝日新聞)程度であり、これは、基本的救命処置( StepA-B-C)のAの最も初歩的な処置に過ぎない。(資料 3)

2)運び込まれるや「手術も出来ない状態」「手後れ」という診断の根拠そのものがあ いまい。
「手後れ診断」の根拠は、
Sさんがドナーとなって臓器摘出され遺体となった
 17日目(3/15) に厚生省を軸に組織的に公表された 。しかしこれは、教科書  的でリアルさにおいて疑問を感じる。
<3月15日記者会見の解答での、「手後れ」診断の根拠>
@ CT撮影2分後の「全身けいれん(おそらく再破裂)」
    「おそらく脳動脈瘤の破裂」「切迫脳死」
A「入院当初のCT所見」について「脳血管攣縮もあった」
・搬送中も、到着時も、心臓や呼吸は停止していなかった。
そのような人が病院到着するやいなや、「手後れ」と診断されるからには、Sさんの身には致命的なことが起ってたということでなければ、説明が付かない。
  3/15の記者会見から判断すると、この致命的な出来事はCT撮影直後の「全身けいれん(おそらく再破裂)」のようだが、「おそらく」では致命的な出来事との説明にはならない。
「再破裂」というのは、Sさんが治療不可能な重症であることを印象づけるため、後で付けた口述ではないだろうか?Sさんが生存中になされた記者会見では一度も、語られなかった事である。
2月22日23時15分、病院に搬送されてCT撮影したわずか2分後に脳動脈瘤再破裂が起こっている事になるが、何故、再撮影で確定診断しなかったのか?
わずか2分 後では、まだ撮影室にいるか、近くにいるはずで、撮影は十分に可能である。診断は、治療方針を決定付ける。「おそらく再破裂」といった曖昧な診断が、「手後れ」という治療方針を引きだしたことになる。
救命を目的とした救命救急センターでありながら診 断設備もそろっていながら何故、人命に関わる診断を「おそらく」でくだし得るのであろうか?
高知赤十字病院救命救急センターの日常の救命活動がこのような「おそらく」診断でなりたっていたのであろうか?
それとも、Sさんだけが、ドナーカードをもっていたからこのように扱われたのであろうか?
・「入院当初のCT所見」について「脳血管攣縮もあった」とされているが、これはCTだけで診断しているようだ。
しかし、脳血管攣縮の診断は、CTではできない、脳血管撮影によらなければならない。
脳血管撮影はされていないのだから、「脳血管攣縮もあった」とは、断定できないはずだ、Sさんの「手後れ」診断を正当化するための作り事ではないだろうか。

3)初期診断・治療において、救命が念頭になかったのではないかという疑念。(資料 4)
・ 救命治療を行うには、初期の段階での診断が重要である。
Sさんへの「手後れ」「切迫脳死」診断はCT撮影によっている。
ここで疑問に感じるのは、高知赤十字病院にはMRIの設備があるのにもかかわらずなぜMRI撮影をしていないのかという事である。くも膜下出血の診断、出血部位の確定・程度は、CTよりMRIの方がはるかに正確なのだから。
ここでも、はじめから「手後れ」ありきであったからではないだろうか。
・何故、手術はされなかったのか。出血の除去やクリッピング術(資料 5)で再破裂を防ぐことは、救命治療の基本である。
Sさんは、心臓停止もしていない、自発呼吸もあった。しかし、手術適応とされなかった。心臓停止したような患者でも、くも膜下出血の救命治療として手術は行われているというのにである。
厚生省の出している手順によると、心臓移植のための「心臓」は、心停止は5分間以下が望ましいとされている。(資料 6)
ということは、Sさんは、心停止がなかったということで心臓移植に都合がよかったということではないか。
・脳圧を下げるために行ったことは脳圧降下剤の使用のみである。何故、脳ドレナージ(資料 7)で脳圧を下げなかったのか。
・何故、脳低温療法は行われなかったのか。
脳低温療法は、体温を32度程度まで下げて救命治療を行う。
厚生省の出している手順によると、「ドナー管理」の中で、「低体温は、循環動態、提供臓器の機能に影響するため、可能な限りこれを防止する」とされている。(資料 8)
移植のための臓器を守る為に低体温はまずいということで、脳低温療法が行われなかったのではないだろうか。

2、入院直後から脳死臓器移植日本第一号の体制が取られていたのではないかという疑念

・報道によれば、Sさんが運ばれてまもなく「高知赤十字病院の脳死判定委員会のメンバ ーは、“臨戦体制”に入った」(2・26サンケイ新聞)ということである。
  曖昧な診断による「手遅れ」診断がされている裏で、すでに、脳死臓器移植日本第一 号の準備がはじまっていたということではないだろうか?
これはすなわち、かなり早い段階でSさんがドナーカードを持っているという情報を病院がつかんでいたということであろう。
救命救急センターとしてSさんを救命すべく“臨戦体制”をとったのではなく、脳死判定のための“臨戦体制”を病院上げてとったという事からみて、最初から臓器提供者として臓器を摘出される対象としてとらえられていた可能性がこい。
3、救命救急セーンターでありながら、臓器提供病院であったが為に、関心が脳死判定にいってしまっていたのではないかという疑念 (資料 9)
・翌日(搬送されてわずか13時間後)から脳波測定が毎日行われている。
通常、救命救急では脳波測定は必要ない。脳波というのは、「脳死」判定において必要なのである。
主治医にとっては、いつ脳波が平坦になるのかが重要であって、移植の為に摘出する臓器保護の為に脳波が平坦になる機会を逃してはならないと考えたのではないか。
・脳波測定に関して、「各種医療機器をつかっているとノイズを拾ってしまう」と
主治医自身が言っているように救命治療中に正しく測定しようとすれば、治療を中断しなければならない。
ということは、治療を中断してでも脳波測定をしたという可能性がある。治療よりも脳死診断優先であったのではないか。
・入院直後の抗痙攣剤投与は行われていなかったのではないか。
抗痙攣剤を使用しているような時に測定した脳波は正しい結果はでない。
入院直後から抗痙攣剤が投与されているとしたら、13時間後に脳波測定がされている事になる。
竹内基準でも抗痙攣剤など使用時は、抗痙攣剤中止24時間後の測定となっている。このような矛盾ある行動を何故していたのかについては次のことが考えられる。
  *主治医は最初に脳波測定をしていたことを発表してしまったことと、
初期の救命治療を何もしていないのではないかと批判されたことか
ら、抗痙攣剤投与を救命治療としてやっていたことにした為におきた
矛盾ではないか
 *記者会見でのべてる様に、「脳死になる前に心停止するのではない
か」と思った為、臨床的脳死の兆候が表れないうちから脳死の目安
となる脳波測定を実施して    いたと思われる。
救命治療は続けながらやっていると主張するが、少なくとも脳波測
定時は救命治療が制約されることから、主治医の主張は説得力がな
い。
・厚生省の出している「脳死した者の身体からの臓器提供に関する標準的手順」によれば「脳死」臓器移植がスタートするのは、「臨床的脳死診断」からである。(資料10)
主治医は、臨床的脳死診断では、判定基準の3分の1の感度で測定し、平坦脳波を作り 出した。これにより早々に、法にのとった「脳死」臓器移植第1号ドナーのスタートをきったのではないだろうか。
そうであるならば、第1回脳死判定で脳波がでたというのは、当たり前の事である。
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4、「脳死」に持っていったのではないかという疑念
・主治医は、「脳死に持って行けるとは思わなかった」と話しているが、これはすなわちSさんを脳死に持っていったという事であろう。
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5、「脳死」という事にしてしまったのではないかという疑念
・25日急変したといって、急に尿崩症となった と報告されているが、これは、脳死状態であったことを意図的に説明するために付け加えられたのではないだろうか?
尿量の変化、投与されている点滴や薬剤の量をさしひく必要があるが。
患者さんの尿量変化は公表されていない、この段階で脳死になったと思わせる為の主張ではないだろうか。
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6、「脳死」でなかったのではないかという疑念
・Sさんは、「脳死判定後」臓器摘出去れるときに、激しく血圧が変動したので主治医が麻酔をかけたという。(3/15記者会見)
普通の人が手術するとき、痛みで手術中血圧が変動し麻酔量を増やす事はよくある。
Sさんは痛みを感じていた可能性がある。
意識があったのではないかということも完全に否定はできない?
ということは、Sさんは生きていたのではないだろうか?
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7、救命どころか、頻回の無呼吸テストは、殺人行為にも等しい
・「脳死判定基準」には無呼吸テスト(資料 9)、これは、呼吸器を10分間外して、呼吸が自分の力だけで出来るかを見るもの。
無呼吸テストによる酸素欠乏が最重症の患 者に重大な負の影響を及ぼすことは、救命医として十分知り得ていたことである。
救命を一番に考えていれば、重傷な状態の患者に対し、「無呼吸テスト」を行えないだろう。
そもそも、臨床的脳死診断の段階では、「無呼吸テスト」は除く(資料11)とされているにもかかわらず、報道されているだけでも5回も無呼吸テストを行っていることから、救命より、「脳死判定」を優先した結果といえるのではないか。
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8、早い段階でドナーカードの提示を求めた可能性がある
はじめから、移植のために臓器を取られる対象として迎え入れられた可能性を決定付けるドナーカードは、いつ出されたのか?
報道によれば、夫は、22日運ばれて直後にドナーカードを提出したとされている。
 3・15の記者会見での「経過概要」には、23日はじめて家族からドナーカードの提示があったとされている。
ところが、病院が脳死判定の「臨戦態勢」に入ったのは、入院当日から翌日の深夜にかけてである。かなり早い段階で、臓器提供者として扱われた可能性はおおきい。
病院が誘導したか、家族が自主的にドナーカードを持っていることを言ったかはさだかではないが、少なくとも、夫が倒れた妻のドナーカードを持って救急車に乗ったとは 信じがたいし、自分から提示したとは考えにくい。
病院からの早い段階で、ドナーカードを持っているかどうかの質問がされている可能性が大きく。
これによって治療対象か、臓器摘出対象かが別れたのではないか
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9、重度のくも膜下出血患者を救命した日本大学板橋病院との比較
(資料12 )
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X、検証の結論
厚生省は、「ドナーのプライバシー保護」を盾に、ドナーの救命治療に関する情報は、徹底して封鎖している。
公式に出される情報は完全な情報統制の元に作られた物である。
厚生省は、専門家による審議会を開き、救命治療を含めた検証作業をはじめているが、救命治療に関しては、非公開にしている。
専門家による検証作業の結論は、救命治療は十分され適切だったというものになることは眼にみえている。
このような、厚生省の救命治療に対する徹底した情報封鎖をみるだけでも、公開できない十分な理由があることが読み取れる。
こんな状況での私達の検証には限界があることを承知で、私達は、以下のように結論づける。
  ・高知赤十字病院は、Sさんが運び込まれる以前か直後のかなり早い段階で、Sさんがドナーカードを持っている情報を入手した可能性が高く、これにより、病院は、臓器摘出 のための「臨戦態勢」に入ったと思われる。
Sさんは、最初から、救命の対象ではなく、移植のための臓器摘出対象者として取り扱われたのであろう。
・医者の頭にあるのは、日本初の「脳死」臓器移植一番乗り病院として世間に躍り出る「名誉心」または、厚生省から指名された「臓器提供病院」としての使命感ではなかっただろうか。
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Y、高知赤十字病院「脳死」臓器摘出・移植が、わたしたちに示したこと
 ・ドナーカードは、「死界への片道キップ」!
・これを持ったら、救命治療はしてもらえない
・これをみせたら、救命救急病院は、「臓器刈り(命刈り)病院」となる。
Sさんの運命を最初から決定付けたものは、Sさんがドナーカードを持っていたことであり、厚生省指定の「臓器提供病院」に運ばれたことであるといえよう。
Sさんは、ドナーカードを持っていたことで、救命救急センターが、「臓器刈り(命刈 り)センター」と化したと考えられる。
そして、この様なことは、偶然にSさんの身の上に起こったことではなく、今後もドナーカードを持つものの身の上に起こり得る現実であろう。
また、単に高知赤十字病院・救命救急センタ ーの医者によって引き起こされたことではなく、厚生省指定の「臓器提供病院」であればどこでも起こり得る現実であるといえよう。
厚生省は、全国の救命救急センターや公的病院など約400箇所を「臓器提供病院」
(資料13)と指定した。「臓器提供病院」に指定されたということで救命救急センターには、救命とは正反対の使命が加わったのである。
すなわち、瀕死の状態で運び込まれた患者の救命を使命としていた救命救急現場に、瀕死の患者から生きていくのに不可欠の臓器を移植のために摘出しなければならないという矛盾した使命が付け加わったということである。
救命の現場が、私達の指摘している、「脳死」臓器摘出・移植の根本矛盾をそのまま抱えることになったといえる。
患者Aさんの救命救急をしながら、患者Aさんの臓器をいつ刈り取るかを考えなければならない、そればかりか移植が成功するために刈り取る臓器を新鮮に保つことまでもが「臓器提供病院」に義務づけられているのである。
 救命救急現場における本来の救急使命は「当然のこと」として法的に何ら義務づけられていない。
運動の力で、付帯決議として盛り込ませただけである。(資料14〜17)しかし臓器提供すなわち臓器狩りの方は、国法としての使命である。
しかるに法体系として、また国権的な拘束力としては、本来の救命の使命より、臓器摘出病院としての使命の方が重くなるという重大な法的欠陥のもと、はげたか医療的な事態が、救命救急現場に生じているのではないだろうか。
一方、ドナーカードは、脳死臓器提供をしてもよいという承諾を「脳死で臓器提供したい」という意志・希望にすり替えられる効用を持つ。
死んでもいないのに、まるで遺言のような法的拘束力を臨床現場にもたらし得る。
患者の意思は、臓器提供の前提として充分救命治 療は受けられるということであったろうが、その前提は、忘れ去られて、この瀕死の患者の意思は「脳死で臓器提供したい」ということにあると、いう倒錯が起こるのである。
臓器提供の前提として、必死の救命治療がされるということは、移植法では付帯事項としてしか明記されなかったことが、最大の法的問題であったが、この事は、救命救急現場の救命医にとり現実に極めて重要な問題であることがわかる。
救命救急医・脳外科医は、ドナーカードを見せられたとたん、まだ生きているにもかかわらず、脳死による臓器提供が遺言のように感じられ、「脳死に持っていかなければならない」(Sさんの主治医)ということが、使命になるのではだろうか。
このばあい、救命医・脳外科医は、意図的に救命治療をないがしろにしなくとも、無意識のうちに「脳死で、臓 器提供をせねばならない」という使命に意識が切り替わってしまい、
結果的に、救命治療への消極姿勢、脳死状態を診断すること、脳死判定をすること、移植の患者のために臓器をいい状態に持っていくことを、使命と感じてしまうのではないだろうか。
必死の救命治療がなされてからということが当然すぎる当然として、ドナーカードを持つのであろうが、ドナーカードは、死界への片道切符に他ならない!
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 Z、おわりに  
脳死臓器移植法初めての高知病院「脳死」臓器摘出 移植を「脳死」移植のもつ根本矛盾を軸に、Sさんが、はじめから移植のために臓器を取られる対象として病院に迎え入れられた可能性を検証した。
高知病院の出来事は、「脳死」臓器移植法のもと、ドナーカードとの「臓器提供病院」の持つ威力を示した。
ドナーカードを持つ患者さんが「臓器提供病院」に運ばれたなら、救命救急の現場は「臓器狩りの現場」に一転する事を示した。
Sさんの臓器は、日本国中から高名な医者が専用のヘリコプター、飛行機、新幹線を使って持ち去られ、大切にされた。
一方で肝心のSさんは救急搬送に1時間もかかるというお粗末さである。
貧困な日本の救命救急体制が、「脳死」臓器移植を下支えすることになっている現状も露呈した。(資料19)
和田心臓移植後の31年間、「脳死」が伴う臓器移植には、常に「殺人」の疑惑がつきまとっていた。
殺人罪の刑事告発8件、阪大事件、関西大事件が患者さんの救命治療が切り捨てられる実体を明らかにした。
ドナーの家族が脳外科医師3人を殺人罪で刑事告訴(昨年3月)する事態まで起こっている。
脳死臓器移植法は、これら問題を闇に葬り去り、「医者を告発から守る」ために作られた。
31年ぶりの脳死からの臓器移植2例は、医者を告発から守っただけで、脳死臓器移植の「闇」「殺人行為」の疑惑はいっそう深まったことになる。
これは、すべて脳死臓器移植の持つ根本矛盾から生じているといえる。
 現在高知の報道が「ハイエナ的」と批判されているが、これはなにも記者のせいではなく、これもすべて、脳死臓器移植の持つ根本矛盾から生じているのである。
 厚生省は「プライバシーの保護」を持ち出して完全な情報統制を行なっている。
「プライバシーの保護」で保護されているのは、、脳死臓器移植の「闇」であって「プライバシーの保護」で侵害されるものは、患者さんの生存権=生命である。
生命に関わる臓器を摘出しても殺人とならないのは、必至の救命治療の後、法律に基づく脳死判定を満たしたときででしかない。殺人か「医療」かが常に問われることになる。
だから、救命治療と脳死判定についてカルテや検査等の徹底した情報公開をリアルタイムでおこなう必要がある。問われているのは、「プライバシー」などではなく「脳死」臓器移植法が合法殺人なのか「医療」なのかである。
ドナーとされるまでの救命治療は完全な密室で行い、摘出された臓器の移植の成功のみをキャンペーンするような情報統制で、善意を強制しなければ成り立たないような「脳死」臓器移植法は即刻廃案にするべきであろう。
移植法反対の運動の力で「救命治療を求める」付帯決議を勝ち取ったが、今こそこの決議をもっと実行力のあるものにしていく必要がある。
「脳死は人の死」をいう法改正をなんとしてでもくい止めましょう!
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