日弁連 「脳死」臓器摘出病院にドナーに対する人権侵害あり 勧告!
古川市立病院における 
 
「脳死」での臓器摘出への人権救済申し立て

    に対する 
      
日本弁護士連合会の勧告 
                                  2003年3月13日
勧告書
勧告の趣旨
勧告の理由

調査報告書

     
                                           日弁連総第92号 
                                       2003(平成15)年3月13日
古川市立病院
 院長 木村 時久殿
                                         日本弁護士連合会       
                                         会長 本林 徹
                          勧告書
当連合会は、岡本 隆吉氏外291名、相手方古川市立病院とする人権侵害救済申立事件につき、貴病院に対し下記のとおり勧告し ます。
                           記
 勧告の趣旨

 貴病院において行われた法的脳死判定における(1)前庭反射消失検査及び(2)無呼吸テスト(第1回)は、臓器の移植に関する法律、同施行規則、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の補遺、脳死判定基準覚書、臓器移植法の運用に関する指針(ガイドライン)に定められた検査方法(@外耳道に50mlの氷水を流す、A動脈血炭素ガス分圧が35〜45水銀柱ミリにあることを確認してから検査に入る)を採らなかったものであり、患者の生命徴候(前庭反射)を見落した危険を無視することはできず、しかもそれらは患者の真意に反し自己決定権を侵害したものであり、人権侵害であると判断されます。

よって、今後同様な事が起らないよう、貴院におかれては、臓器の移植に関する法律、同施行規則、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の補遺、脳死判定基準覚書、臓器移植法の運用に関する指針(ガイドライン)を遵守して脳死判定を行うよう勧告します。
勧告の理由 

臓器の移植に関する法律、同施行規則、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の補遺、脳死判定基準覚書、臓器移植法の運用に関する指針(ガイドライン)は、5つの脳死判定基準を定め、1)脳幹反射消失検査の1つである前庭反射消失検査は、「50ml以上の氷水」を外耳道に注入し、眼の動きが表れるかどうかを検査する、2)自発呼吸の消失検査(無呼吸検査)を始めるときは動脈血炭酸ガス分圧(PaCo2)が35〜45水銀柱ミリであることを確認してから始める、と定めています。
 上記に定められた脳死判定のための検査方法は、不変のものではないものの、検査方法が定められた当時の関連学会の最新の知見に基づ く合意の水準を示すものです。これらを遵守することで、脳死が疑われる患者の生命に対する権利、十分な救命・蘇生医療を受ける権利・最善の医療を受ける権利を守り、患者の自己決定が行使される基盤を保護して、早すぎる脳死、作られる脳死を防止しようとしています。

これらの遵守は、脳死判定手続の適正さ、公正さを確保し、国民の臓器移植に対する信頼を醸成するためにも極めて大事であるとともに、万が一にも患者の脳死の判定を誤ったり、或いは脳死を早めることを避けるためにも必要不可欠です。

 患者(ドナー)の脳死状態に陥る前の意思の解釈としても、患者の真意は、臓器の移植に関する法律、同施行規則、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の補遺、脳死判定基準覚書、臓器移植法の運用に関する指針(ガイドライン)を遵守した公正・適正な手続により自らの命が死(脳死)と判断されたときは、臓器を他人の命を救うために提供しようというものであると考えるべきです。
 
調査報告書 
2003年2月
日本弁護士連合会
人権擁護委員会
                     第1 結論
                     第2 申立の趣旨および理由
                       (申立の趣旨)
                        (申立の理由)
                      第3 事実の経緯 
                     第4 調査方法
                     第5 本件の概要と争点及び相手方の主張
                         1 本件の概要
                         2 争点  
                         3 争点(上記2)に対する相手方の主張
                     第6 当委員会の判断
                     第7 結語
第1 結論

別紙勧告書のとおり相手方(古川市立病院)に対し、勧告を行なうことを相当とします。
第2 申立の趣旨及び理由

(申立の趣旨)
 相手方(古川市立病院)は、同病院勤務医師多数による以下の違法行為がなされたにもかかわらず、その違法性を認めず、もしくは軽視して、臓器提供患者の人権を著しく侵害したので、同事実を確認しここに警告を発する。

 記
1999年(平成11年)6月9日交通事故により救急車で搬入された20歳の患者に対し、相手方病院医師は、同患者の症状について、外傷性くも膜下出血、気脳症、左硬膜下血腫、右硬膜下血腫の傷害を認めながら、救命のためには手術の選択肢があったにもかかわらず、当初から手術をあきらめ、救命をなしえなかった。
 
同患者に対し、右手術治療をなさなかったばかりか、脳低温治療も施行せず死亡に至らしめた。
 
右救命治療をなさなかった原因が、右患者においてその所持物から「臓器提供カ―ド」(ドナーカード)を当初から医療関係者が認識しえた事から、救命治療をあきらめ臓器移植の方針をとったと推測され、医療過誤とともに、著しい人権侵害行為がなされたものである。
 
加えて、脳死判定過程において、脳幹反射検査の一つとしての前庭機能検査でも本来 「あらかじめ患者の鼓膜が健全であることを確かめておいて、約20mlの冷水もしくは温水を注入」してなされなければならないにもかかわらず「空気を1リットル注入するエア・カロリック・テスト」をなし、頭蓋骨骨折を経由して気脳症を悪化させ脳圧を昂進させ脳死状態を促進せしめて脳死に陥らせた疑いがある。

(申立の理由)

脳死判定前の基本的救命治療
 
 1)何人も死に至るまで救命治療を受ける権利を有している。
 本件相手方病院は、宮城県北部における中核的病院であり、臓器提供病院に指定され、脳死判 定をなしうる病院としての資格を有するものとされ、相手方病院も同指定病院であることを了承し  てきた。そして、救急病院として脳外科医を常駐させていると認識されていたところ、本件患者が 搬入された当時、外科及び脳神経外科研修医2名が診察にあたり、約4時間後、院外に居た脳  外科医長に連絡したが、同医長は自ら診察もせず、手術適応なしとの判断を下し、保存的治療の 方針を確定した。
 さらに、脳外科医長が診察した段階でも救命治療が可能であったにもかかわらず、手術適応なし として保存的治療方針を継続した。
 
 2)以下、詳しく述べるように、右方針は救命治療の放棄である。
 厚生省脳死判定基準においても、その前提として、「現在行いうる全ての適切な治療手段をもっ  てしても、回復の可能性が全くないと判断される」状態においてのみ脳死判定が許されるが、本  件では、救命治療を放棄し「全ての適切な治療手段」はなされておらず、本件患者の救命治療を 受ける権利が侵害された。
 
事実経過と人権侵害を構成する具体的事実
 
 1)事実経過の詳細は、まず、相手方古川市立病院(以下、病院という)から公衆衛生審議会疾病 対策部会臓器移植専門委員会(以下、専門委員会という)へ提出された診断・治療概要は本件  人権救済申立書に添付された別紙のとおりであり、古川市立病院で行なわれた救命救急治療や 脳死判定等に対する評価は、同専門委員会の報告書(甲第1号証、「第3例目の脳死下での臓  器提供に関する医学的評価について」)のとおりである。
 
 2)上記資料によると、病院に救急車で搬入された時刻は6月9日22時25分であり、23時14分 頭部CT所見で「外傷性くも膜下出血、気脳症、左硬膜下血腫、右硬膜下血腫」が認められている 。翌6月10日午前1時には「脳外科医長に連絡」との記載があって、「脳神経外科管理とする。手 術適応はなく、保存的治療。多発外傷の可能性が否定できず、多臓器損傷によるショックに注意 」とする同医長の指示と考えられる記載がある。同日5時の記載には、「脳神経外科医長診察」と あるので、右1時は電話連絡での指示と考えられる。
 しかし、右5時の診察でも方針はかえていないので、右1時以降「保存的治療」の方針が決定され た。
 
 3)甲第1号証の報告書では
 「意識障害の主な原因は脳幹損傷を含む重度及び慢性脳損傷によると思われ、両側に急性硬膜 下血腫が存在するが非常に薄く、正中構造の偏位も2〜3mmと少ないため、血腫による脳圧迫  が意識障害の原因とは考えられない。従って、急性硬膜下血腫除去を目的とする手術を行っても 、その効果は期待できず、手術適応はないと判断される」とあり、右病院の保存的治療を肯定す  る記載がある。
 
 4)しかし、問題は当初搬入された時の診断の「意識障害」だけが問題になるのではなくて、「脳損 傷」が存在し、外傷性くも膜下出血があり、この患者を救命するためには何をなすべきかが問わ  れている時に「意識障害」の改善のみが問われているかの如くに描く事は間違いである。

@まず、頭部単純撮影では「頭蓋骨正中部の前頭頂部から頭頂、後頭部に及ぶ骨折線が認めら  れ、特に左頭頂骨から側頭骨にかけて最大幅約7mmの線状骨折が多条にわたって存在し」、頭 部CT所見では「前述の骨折に伴う空気の混入を認め、頭蓋底骨折の存在を示唆している」「更に 、脳幹部、両側側頭葉、前頭葉の極めて高度の脳実質の腫脹と認め、脳底槽、第三脳室の消失 、側脳室の狭小化及び脳底槽のくも膜下出血を伴っており、脳幹損傷を含む重度及び慢性脳損  傷の存在を示唆している」(甲第1、報告書2頁)。
 
Aこの事態を前にして「保存的治療」が救命を目的とした治療として妥当とは、到底考えがたい。  保存的治療、即ち、脳死に至り死亡というコースが必然的である。
 手術方法として最終的に救命できたか否かは不明ではあるが、少なくとも、救命を目的とするか  ぎり頭部外傷、くも膜下出血から必然的に進行する脳浮腫から脳死への過程を遮断する努力が 当然に求められるにもかかわらず、かかる努力は何らなされていない。
 
 まず、なされるべきであったのは、開頭手術により両側硬膜下血腫をとりのぞき、くも膜下出血の 出血防止(この出血状態がどの程度であったかは明らかではないが、出血が認められているの  であるから、さらなる出血の防止措置が必要と考えられる)、そして、多数存在している骨折によ  る骨片の除去、これが最低限度早期になされるべきであった。甲第3号証の近藤意見書は硬膜  下血腫による脳圧迫を根拠づけて手術方針をとるべきであったこと、骨片の除去、脳浮腫の予防 を主張している。
 
B次に、午前5時、脳外科医長が直接診察をした時期でも、「まだ、救命の可能性があるので、本日午前よりICP(頭蓋内圧)モ二タリング開始の方針。脳圧降下剤を中心とした治療方針」とされているが、この救命がまだ可能と考えられたこの時期が、手術方針を選択すべき最後の機会であった。

前記のとおり、ひどい頭部外傷があったのであるから、脳浮腫は必然であり、現に脳圧が高進していっているが、この場合の救命は唯―手術方針しかなく、それ以外の薬の投与等の治療によっては脳浮腫を防止できず、脳死へのコースは定まってしまう。
   
相手方病院医師はこの見通しを当然認識しながら、脳死へのコースを選択したと言っても過言ではない。
 
C以上述べたように、病院搬入から翌日の午前5時に至るまでの間、手術により救命は可能であったにもかかわらず、何故か医師らは保存的治療を選んで脳死へのコースに至るままにまかせた。
   
この点は甲第6号証の記事にあらわれているように、遺族が「野ざらしにされた9時間半」という強い不満を表明しても当然と考えられる。そして、この常識で考えても不当な処置をとったと考えられる本件で、その処置を決定した医師らの意識の中に、当初から「ドナーカード」の所持者であり、臓器移植のできる患者という認識が、保存的治療による脳死コースを選択するという人権侵害行為をなすに至った原因と考えられる。
 
Dさらに、手術方式をとらず、かつ、脳低温療法もとられていない。
 本件のように「脳幹損傷を含む重度及び慢性損傷」には脳低温療法が効果的な症例であり、報告書(甲第1号証)は「効果に関しては議論」があるなどとしているが、この治療法を開発した林教授の症例報告(NHKテレビでも放映され大反響を国際的に与えた)や「脳低温療法」(甲第5号証)で明らかにその効果が認められている。
報告書の右記載は、本件を妥当とするための悪意あるごまかしである。

林教授の甲第5号証は
 「(これまでの治療法では機能的回復がほとんど期待できない)GCS<4の急性硬膜下血腫及び慢性脳損傷を伴う重傷頭部外傷患者20例(全例、両側瞳孔散大、対光反射消失状態)の3ヶ月後の治療成果をみると、救命し得なかったのはGCS3の6例(30%)で、救命し得た残り14名(70%)の患者は、管理技術が完成されていない時期の1例を除いて、日常会話思考に支障無く生活ができる良好な回復(65%)を示した。」(P21)とある。
 
ゆえに入院時GCS=4であった本件の重度脳損傷患者のような場合には、脳低温療法によって良好な回復が十分に期待できたのである。報告書にある「その効果に関しては議論のあるところ」と言うのは、この治療法に対して無知であるか、あるいはごまかしているのであろう。   
何よりも、患者は入院して5時間後に「体温40℃以上に上昇」となり、身体を冷却したがその後も「体温コントロール不良、クーリングブランケット使用」とある。その翌日には体温37.5℃状態で「臨床的な脳死の診断」を行っている。
このことから、この患者に対しては「脳低温療法」が行われていなかったのであり、この治療法が正しく行われていれば良好な回復が期待できたと思われる。
 
しかし、かかる努力すらなされることはなかったが、この努力すらなされる事がなかった姿勢自体、そもそも救命を早期に放棄していた証左ともいうべきである。
 
E本件脳死判定における問題としては、臨床的脳死判定において、脳幹反射の検査の一つである前庭機能検査で「空気を1L注入するエア・力ロリック・テストにより確認」としているが、本件では側頭骨骨折がレントゲンで認められているのであるから、鼓膜損傷の可能性があり、その有無の確認の記録がなく、もし、鼓膜が破れているのに右方法をとった場合、脳内への空気注入による気脳症を悪化させた可能性がある。
 
そもそも「冷水もしくは温水」の注入による検査であって、方法自体誤っているばかりか、脳圧をさらに高めて脳死を促進した疑いがある。
 
以上の各行為は本件ドナーの救命を受ける権利を侵害したと考えられ、人権侵害行為の存在が認められるので、その救済を求めるため本申立に至った。
  
第3 事実の経緯

 公衆衛生審議会疾病対策都会臓器移植専門委員会報告書に基づく事実の経緯は以下のとおりである((但し、※印の説明は当委員会で付加したものである)。

99年6月9日
 21:35頃  受傷
 21:39   覚知
 21:47   救急車の到着
 22:00   救急車の現発。
 22:25  救急車にて病院(救命救急センター)到着。
        外科研修医、脳神経外科研修医の2名で診察。
        意識レベル JCS(※):200
        ※JCSはジャパン・コ―マ・スケールの略。脳死判定のためには、300の状態が必要。
         
GCS(※):E1+V1+M2=4
        ※GCSは、グラスゴー・コーマ・スケールの略。 脳死判断のためにはE/+V/+M/=3が必要。
        両側瞳孔 散大
        対光反射 なし
        末梢にチアノーゼあり。
        血圧122/57。
        気道確保、酸素マスク(5Lで開始)、静脈確保(足、前腕)
        血液ガス、--般採血、膀胱留置カテーテル。
        輸血開始(ラクテック)
        食物残し多量に嘔吐、挿管試みるもうまくいかず、麻酔科医を呼ぶ。
 22:54  麻酔科医(副センター長)来棟、血圧:138/44、気管内挿管、
        ラボナール50mg、マスキュラックス、8mg静脈注射。
 22:14  頭部CT、胸腹部CT、頭頚部Xp、胸腹部骨盤Xp、長幹骨Xp施行。
        頭部CT所見:外傷性くも膜下出血、気脳症、左硬膜下血腫、右硬膜下血腫、右硬膜          外血腫あり。
        他部位には明らかな損傷は認められず。
           尿量:1,650ml、止血剤、H2ブロッカーを投与。
6月10日
 00:00    ソルメドロール500mg静脈注射。動脈ライン確保。自発呼吸あり。
          後頭部創縫合、前腕創縫合、血圧80/50、輸血の速度を早めた。
 00:50    ICU入室、血圧100/40、脈拍80、人工呼吸器装着(CPAP)。
 01:00    抗生物質投与、脳外科医長に連絡。
         「脳神経外科管理とする。手術適応は無く、保存的治療。多発外傷の可能性が否定         できず、
          多臓器損傷によるショックに注意。」であり、1,650mlの排尿があったことから、脱          水はあるだろう。
          血圧も低めであることを考えると、脳圧降下剤の投与は慎重にすべき。
          ステロイドを使用したので、マニトールは少し時間をおいて使用することとした。
 01:30    家族に説明。「重篤な状態だが。救命に全力を尽くす。」
 01:30頃   体温40℃に上昇。血圧120/80、脈拍120。クーリング開始。
 05:00    脳神経外科医長診察。意識JCS:200。瞳孔散大、対光反射なし。
          四肢の動きわずかにあり。咳反射あり。脱水があるだろう。
         頭以外の臓器には大きな障害はないようだが、やはり保存的治療のまま経過診察。
          まだ、救命の可能性があるので、本日午前よりICPモニタリング開始の方針。
          脳圧降下剤を中心にした治療方針とする。
          意思表示カ--ドは家族に返却しておくように指示。
 07:30    脈拍数166に上昇。体温コントロール不良。クーリングブランケット使用。CT施行。          血腫はむしろ減少。脳浮腫増強。左側頭葉、両側前頭葉に低吸収域出現。
          脳;槽の描出なし。TCBD分類Diffuse lnjuryV。
          帰室後より意識JCS:300となる。瞳孔散大、自発呼吸停止。
          血圧下降(60/30→40/20)。
          ICPモ二タリングは施行せず。中止。
          血圧80/50。血糖値339。インスリン開始。中心静脈カテーテル挿入。
 10:00    意識JCS:300。瞳孔散大。自発呼吸無し。脳圧降下剤投与。
          血圧80/40。ボスミン増量。
          意識JCS:300。瞳孔散大。自発呼吸無し。
 12:00    脳圧降下剤投与。血糖値509。インスリン投与。
          意識JCS:300。瞳孔散大。自発呼吸無し。
 18:00    抗生物質、インスリン、アルブミン製剤投与。

6月11日
 01:00頃   意識JCS:300。瞳孔散大。自発呼吸無し。
          血圧下降。血糖値上昇667。高ナトリウム血症出現167
          もはや脳圧下降剤は投与できず。尿量は依然多い。
 09:00頃   意識JCS:300。瞳孔散大。自発呼吸無し。
          CT施行。び慢性の低吸収域。回復不能の器質性意識障害を確認。
 12:00    意識JCS:300。瞳孔散大。自発呼吸無し。
          力ロリックテスト施行。脳幹反応なし。
 14:38    脳波測定
          平坦脳波を確認(感度10μV/mm、2μV/mm)
 14:50    臨床的に脳死と判断。
 15:00    家族に臨床的に脳死であることを説明。
          「CTにて、頭蓋内に出血とむくみとがあった。重篤な意識障害もあったが、
          脱水状態で血圧もやや下降気味であった。
          昨日朝も自発呼吸、手足の動きはあったが、CT施行後自発呼吸停止、血圧の急          激な低下が起こった。
          またCT上むくみもひどくなっていた。脳圧降下剤、昇圧剤を使用した。
          全力を尽くして救命を試みたが、CTからみると、脳はもはや回復不能と思われる。
          深昏睡、瞳孔散大し、脳幹反射も消失、脳波も平坦である。臨床的には脳死と診           断される。
          脳を救えなくて残念である。
          ご本人は臓器提供意表示カードを所持して、意思表示をされていたので、
          脳死判定及び臓器提供の意思についでご家族の意思を確認することにした。
          臓器移植ネっトワークのコーディーターがその仕事にあたっているが、
          連絡し紹介することもできるがどうか。」
           家族から説明を聞く旨申し出。
 15:15    移植コーディネーターへ連絡(日本臓器移植ネットワーク東北ブロック)
 17:00頃   尿崩症出現。デスモプレッシン点鼻。体温37度台に落ち着く。
 20:40頃   臓器移植ネットワークのコーディネーター到着。
 21:35    家族に対し、コーディネーターが説明。ICU婦長が同席し、説得や強要の無いことを          確認。
          終了後家族一時帰宅。
           貧血出現し、輸血。
6月12日
 09:00    血圧100/60、電解質正常化、貧血も改善。
 20:00    家族来院。全身状態が徐々に悪化しているが、結論を急ぐ必要はないことを説明。
          家族からコーディネーターに連絡。明日もう―度説明を聞いた上で返事したいとの          こと。
6月13日
 09:00    コーディネーターより家族に説明。
           家族が脳死判定・臓器提供に同意。
 09:45    脳死判定承諾書、臓器摘出承諾書を受領
           同意の撤回もできることを説明。
 10:00    倫理委員会開催。当該患者に対する法的脳死判定、臓器摘出を承認。
          外部よりの脳波検査専門家の支援参加を承認。
          引き続き脳死判定委員会開催。脳死判定委員2名を選出。
 11:05    第1回目の法に基づく脳死判定開始。
 12:50    第1回目の法に基づく脳死判定終了。
 19:05    第2回目の法に基づく脳死判定開始。
 20:35    第2回目の法に基づく脳死判定終了。脳死と判定。
 22:16    所轄警察署による実況見分開始。
 22:36    実況見分終了。

第4 調査方法

申立人提出資料

1)甲1(平成11年8月23日付「第3例目の脳死下での臓器提供に関する医学的評価について」報告書(案) 公衆衛生審議会疾病対策部会臓器移植専門委員会、脳死判定等に係る医学的評価に関する作業班作成)
2)甲2の1〜5(厚生省脳死に関する研究班昭和60年研究報告書、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の補遺、臓器の移植に関する法律、同法施行規則、臓器の移植に関する法律の運用に関する指針(ガイドライン))
3)甲3(脳神経外科医師 近藤孝氏の意見書)
  ※なお、近藤孝氏は筑波大学病院を経て兵庫県尼崎市にある昭和病院副院長である。
4)甲4(東京の看護婦グループが林教授の脳低温療法との比較表としてまとめたもの)
5)甲5 日本大学板橋病院救命救急センター部長 林成之教授 「脳低温療法」(平成7年5月29日発行。株式会社総合医学社)
6)甲6(週刊宝石 平成11年7月15日号記事)
7)甲7(各新聞記事)
 
相手方脳神経外科長・救命救急センター長 大庭正敏医師

1)面談(2001.8.23) CT写真などの説明
2)面談記録
3)面談記録に対する補充説明書(平成14年11月29日付)
4)02年11月6日付照会書に対する回答書(平成14年11月29日付)
5)03年1月14日付照会に対する回答書(平成15年1月15日付。但し、受領は1月23日。)
6)03年1月27日付照会に対する回答書(平成15年1月28日付。)
7)同医師作成学術報告書(BRAIN NURSING 00年Vol.16 N0.1 P18〜24「脳死・臓器提供の提供の現場で」
 
自治医科大学 鈴川正之教授からの意見聴取(01年9月13日。於日弁連)
 
入手文献

1)「脳脊髄外傷」(メディカルビュー社 2000年1月)
2)「脳神経外科マニュアル(改訂3版)」(中外医学社 1995年9月)
3)「脳神経外科」29巻8号・2001年8月号(P699〜P708。
  重症頭部外傷に対する低体温療法−NABISHの結果と展望−。)
4)「神経外傷23」(2000年)P1〜P51 
  重症頭部外傷治療・管理のガイドライン
5)「神経外傷22」(1999年)P1〜P5 
  本邦における重症頭部外傷治療・管理の現状−全国多施設アンケート調査の結果
6)「神経外傷21」(1998年)P27〜P32 
  重症頭部外傷例に対する低体温療法の効果と問題点
7)「検証 脳死・臓器移植」(平野恭子著)岩波ブックレットNo.497
 
当委員会での協議

第5 本件の概要と争点及び相手方の主張
 
1 本件の概要

1)古川市立病院

 古川市立病院は、宮城県仙台市より北に約40キロの距離に位置する病床数377床の中規模病院である。1994年に併設型の三次救命救急センターが開設された。ICU10床、HCU17床を有し、専任医師10名、看護婦46名で運営されている。救命救急センターとしての医療人口は約42万人で、宮城県県北医療圏をカバーしている。1998年6月17日、臓器提供施設に指定されたため、同年7月1日、倫理委員会および脳死判定委員会を設置、10月9日、倫理委員会において
「臓器提供に協力する」との院内における同意を確認した。
 脳神経外科は専門医2名、研修医1名から構成されており、日本脳神経外科学会専門医訓練施設C項に認定されている。年間に約300件の入院があり、病種は頭部外傷と、脳血管障害がおもなもので、脳死患者は約30例発生している。
 しかし、脳死患者に対して病院側からはドナーカードの有無は確認しておらず、これまでに臓器提供を申し出た患者家族もなかった、という。
 
2)本件は、脳死移植法が実施されてから第3例目の脳死移植事件であるとともに、始めての交通事故脳死案件である (1、2例は病死)。
 
3)脳死判定等に係る医学的評価に関する作業班(以下、単に 「作業班」という)は、
平成11年8月23日、本件につき、初期診断・治療、ICUに関する検査・治療内容、臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定、に同日いずれも妥当と判断している(甲1)。
 脳低温療法については、その効果に関し議論のあるところであり、これを採用しなかった担当医の判断は納得できるとしている。
 前庭反射喪失の検査について、脳死判定基準の補遺などに示された外耳道へ50ml以上の氷水を注入する方法(ウォーター・カロリック・テスト)ではなく、冷風(24℃)を使用(エア・カロリック・テスト)したことについては、低温刺激が十分でなかった可能性があるとし、今後は脳死判定の際には氷水50ml以上注入する方法を用いることが望ましいとしているが、本件症例は総合的に判断し脳死と判定できるとしている。
 
2 争点

1)1999年(平成11年)6月9日交通事故により救急車で搬入された20歳の患者に対し、相手方病院医師は、同患者の症状について、外傷性くも膜下出血、気脳症、左硬膜下血腫、右硬膜下血腫の傷害を認めながら、救命のためには手術の選択肢があったにもかかわらず、当初から手術をあきらめ、救命をしなかったのか否か。
 
2)脳低温療法(低体温療法)を施行しなかったこと、仮に古川市立病院で脳低温療法が採れなかった場合は、当該療法を可能とする病院に転送しなかったこと、は医師の裁量を逸脱したものか否か。
 
3)脳死5要件(別紙参照)のうちの脳幹反射消失の有無の判断の1つである前庭反射検査は、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の補遺(以下、単に「補遺」という)などで、耳の穴に50ml以上の氷水を注入することになっているところ、主治医は、24℃の冷風検査(と同時に50℃の温風検査もしている)で代用したが、これが許されるか否か。
 
4) 3)の冷(温)風検査をしたことにより、気脳症を悪化させ、脳死を発生させた一因となったか否か。
 
5)人権救済申立にはないが、新聞報道等によると、法的脳死判定1回目で患者の動脈血炭酸ガス分圧(PaCO2)が臓器の移植に関する法律の運用に関する指針(ガイドライン)等で定められた範囲(35〜45水銀柱ミリ)になかったのに(31.7水銀柱ミリ)無呼吸テスト(※)を開始し、続行したことは許されるか。

※無呼吸テストとは

 わが国は、脳死判定基準(別紙参照)を臓器移植に関する法律の施行規則2条2項において規定しているが、その要件の一つとして「自発呼吸の消失」を定めている。無呼吸テストは、この自発呼吸の消失を確認するために行われるものである。
 具体的には10分間、100%濃度の酸素吸入を行った後、10分間人工呼吸器を外し、その間、100%濃度の酸素を6リットル/分のペースで気管内チューブを介して流し、血中のPaCO2(二酸化炭素分圧)の上昇程度をみるものである。テスト開始時のPaCO2(二酸化炭素分圧)が基準値の範囲(35水銀柱ミリメートル以上45水銀柱ミリメートル以下)にあることを確かめた上で、二酸化炭素分圧が60水銀柱ミリメートル以上(80水銀柱ミリメートル以下が望ましい)に上昇したことを確認し、それにより、自発呼吸の消失を判断するものである。
 60水銀柱ミリを超え、脳の呼吸中枢が刺激されても自発呼吸が起きなければ、自発呼吸がないことが確認される。

3 争点(上記2)に対する相手方の主張

1)初診時より、患者の意識はGCS4で、瞳孔は散大しており、対光反射も認められなかった。CTでは前頭葉極に少量の頭蓋内血腫を認めるのみで、一見して研修医でも手術適応で迷うことのない最重症患者である。両側瞳孔散大、対光反射なしの状態は、脳外科では一般的に積極的な開頭手術の適応なしと考えられている。救命の可能性も極めて低い。本症例は摘出すべき大きさの血腫もない。
 外科的治療で助けられるのは血腫などにより二次的に圧迫を受けている損傷の少ない脳であり、本症例は最悪といってもよい―次性の重症脳損傷である。手術はいたずらに患者に侵襲を与え死期を早めるだけだと考えた。従って手術適応はなかった。
 なお、ドナーカードを発見したが故に救命治療を放棄したことはない。
 
2)低体温療法の有効性について確たる証拠はない。古川市立病院では情報を集め検討したことはあったが、適応・有効性という視点から信頼性に欠けると判断した。
 多臓器損傷が否定されていない重症頭部外傷に32℃以下の低体温療法を実施することはかえって危険である。
 
3)前庭反射検査は(50ml以上の氷水を外耳道に注入せず、24℃の冷風−同時に50℃の温風も−を注入した)、ガイドラインからはずれた方法であった。冷水を注入することに大きな問題があるわけではなかったが、理由は2つ、@記録(脳波検査結果)に残せる客観性のある方法があるならそれを用いるべきと考えたこと、A耳鼻科医と相談した結果、エアーカロリックテストは日常診療で行われている検査法でこちらの方が患者に対する侵襲が少ないと思われたからである。冷水に比べて刺激が弱い可能性があると指摘されたが、厚生省の
「作業班」での検証(甲1)では最終的にはすべての脳幹反応検査は施行されており、脳死判定としては妥当という結論になった。
 
4)冷風などによる前庭機能検査が気脳症を悪化させたとされる点については否認する。
 冷風などは細い管を用いて患者に苦痛を与えない流量で外耳道に流したのであり、出口を塞いで頭蓋内に圧力をかけて注入したわけではない。気脳症はわずかで、前頭洞の骨折により生じたものであった。もし外耳道と頭蓋内が交通し、通気により気脳症が悪化したとすれば脳内の圧力上昇により髄液や脳実質が外耳道や鼻腔から押し出されるはずであるが、そのような事実はなかった。
 
5)PaCO2(血中二酸化炭素分圧)は、第―回法的脳死判定無呼吸テスト実施前に予備測定していたが、35〜45水銀柱ミリの範囲内にあった。テスト実施時に採取した血液の分析結果が出たのは、テスト実施後5分後であり、指針違反の認識はあったが、誤差の範囲内とも考えられ、又テストのやり直しによる患者への負担を考え、テスト続行を決めた。患者に悪影響を与えたとは全く考えていない。
 8分後に70まで上昇し、無呼吸を確認した。テスト終了後、脳死判定基準を作った厚生省研究室のメンバーだった社会保険小倉記念病院の武下浩名誉院長に問い合わせたところ、二酸化炭素濃度の変化が重要であり、20〜25以上の上昇が確認されれば、テストが不適切である根拠はない、という説明を受けた。

第6 当委員会の判断


1 患者(ドナー)救命のため、血腫除去などの手術の選択肢があったか否か、について。
 
以下の点に照すと、血種除去などの手術をせず、全身管理を目的とした保存的措置を採ったことは、医師の裁量の範囲内の選択とも考えられる。
 なお、古川市立病院では、患者がドナーカードを所持していたが故に、救命治療をあきらめ臓器移植の方針をとったと考えられるか否かについては、主治医 大庭正敏医師との面談の結果等から、上記の申立人主張を認める根拠はない。

(理由)

1)本症例は甲1(作業業班」作成報告書)P2のとおり、重度のびまん性脳損傷(※)であり、脳を圧迫する血腫などを手術的に取り除くことは原則として予定されず、治療の基本は全身状態の管理、特に虚血すなわち脳循血液低下の予防である(第4、4、1)摘示の
「脳脊髄外傷」P160以下)。

※びまん性脳損傷とは、
 頭部外傷で意識障害などの神経症状があるにもかかわらず、その症状を説明できるような頭蓋内血腫を伴わない病態をいう。具体的には、軽症では脳振盪から重症では植物状態や死に至るびまん性脳損傷まで広い範囲の頭部損傷を含む。
 本件は重度びまん性脳損傷なので、強い力が脳神経に加わったことにより脳神経が引き延ばされ、脳神経繊維がズタズタに切れている状態であったと思われ(但し、その状態はCTやMRIに写りにくい)、このような状態が重度の意識障害を引き起こしたと考えられる。

2)自治医科大学 鈴川正之教授も、重度のび慢性脳損傷に対する治療は保存療法が主である旨述ベる。

3)6月9日22時25分頃(古川市立病院搬入時)、患者の意識レベルは高度の意識障害であるJCS200、GCS4(※)、両側瞳孔散大、対光反射がない状態であり、全身状態が極めて悪化しており、頭部手術という人体に対する大きな侵襲を伴う治療をなしえたかどうか疑問があり、手術を実施した場合の生命の危険性の存在は無視できなかったものと思われる。

※GCS(クラスゴー・コーマ・スケール)による重症度分類は、次のとおりである。
  13〜15 軽症
   9〜12 中等症
   3〜 8 重症

4)「作業班」作成の報告書(甲1)P10によれば、6月9日23時14分頃大量(1,650ml)の尿が出ている。これは尿量を司る脳下垂体にも大きなダメージが及んでいることを示している。

5)6月10日0時10分頃(病院到着から1時間45分後)、血圧が80/50まで低下し、0時50分頃ICU入室し、人工呼吸器装置(CPAP)をしている。全身状態は悪化している状況の下では、全身管理を優先させるべきであったと考えられる。

6)大庭正敏医師からの平成14年11月29日付補充説明書及び回答書によれば、頭蓋内血腫は前頭葉に少量であったとしており、患者に手術を必要とする頭蓋内血腫が存在したとは断定しきれない。
 
2 脳低温療法(低体温療法)を施行しなかったことが、適切な治療を受けるべき患者の人権を侵害したか。

 以下の点に照らすと、脳低温療法を施行わなかったことは、当時の医学的知見の下では不適切と判断する根拠はない。

(理由)

1)低体温療法については、一部の医療期間では実施されているものの、有効性につき国内多施設において疑問が出され、現在実施している医療機関は極めて少ない、と言われている。

2)1998年においても、久留米大学医学部の症例検討によれば、低体温療法に対しては、解決されるべき問題も多く、有効性の評価にはさらなる検討が必要である、とされていた(第4、4、6)摘示の
「神経外傷」21(1998年) P27〜P31)。

3)本邦における重症頭部外傷治療・管理の現状−全国多施設アンケート調査の結果(第4、4、5)摘示の
「神経外傷」23(2000年)P1〜P5)においても、確たる有効性は示されていない(なお、第4、4、1)摘示の
「脊髄外傷」P125も同趣旨)。

4)大阪大学医学部付属病院からの報告では(第4、4、1)摘示の2000年1月発行「脳脊髄外傷」P120以下)、GCS3ないし4の重症例に対して、低体温療法は効果に乏しいことが明らかされている。本件は病院搬入時のGCSは4であった。

5)アメリカにおける94年10月から95年5月の間にNIH(米国立衛生研究所)により、大規模な多施設共同の症例研究(National Acute brain injury Study hypothrmia NABISH)がなされ、2001年2月に発表されたが、低体温療法の治療効果に疑問が出され、症例研究が中止されている(第4、4、3)摘示の「脳神経外科」29巻8号。2001年8月号P699〜P708)。

6)自治医科大学 鈴川正之教授の見解も低体温療法に対し否定的である。

7)低体温療法は全身管理がむずかしく、不整脈や免疫機能不全(感染症の増加)、低カリウム血症の合併症が指摘されている(第4、4、4)摘示の「神経外傷23」(2000年)P37)。
 
3 前庭反射検査が、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の「補遺」、脳死判定基準覚書、臓器移植法の運用に関する指針

(ガイドライン)に反して行われているが問題である。

 古川市立病院の行為は、脳死が疑われる患者の脳死判定を誤った(早めた)危険が皆無だったとはいえない。
 
4 冷風による前庭機能検査が気脳症を悪化させたとする点については、以下の理由に照せば、悪化させたとする確たる証拠はない。

(理由)

1)申立人らは、あくまでも鼓膜損傷の可能性があったことを大前提として、鼓膜が破れていたとすれば、脳内に空気が注入されたことにより、気脳症を悪化させた可能性がある旨、即ち、二重の可能性を前提として主張するが、それ裏付ける証拠・資料はない。

2)仮に脳気脳症が悪化したとすれば、耳や鼻からの髄液の流出がありうると考えられるが、患者にそのような徴候はなかった。
 
5 第1回目の法的脳死判定無呼吸テストにおいて、患者の動脈血炭素ガス分圧(PaCO2)がガイドラインで定められたテスト開始の範囲内(35〜45水銀柱ミリ))になかったのに(31.7水銀柱ミリ)、無呼吸テストを行ったことが明らかになっているが、問題である。
 
6 相手方(古川市立病院)の上記行為についての人権侵害性について。

1)上記1、2、4については、それぞれの個所で述べた理由に照らし、人権侵害があったとは判断できない。

2)上記3、5は、以下のとおり、主治医が患者の生命徴候(前庭反射)を見落とした危険を無視することはできず、脳死が疑われる患者の生命に対する権利、十分な救命・蘇生医療を受ける権利・最善の医療を受けられる権利を侵害したものであり、かつ、患者の法律、「補遺」、脳死判定基準覚書、指針(ガイドライン)に従った脳死判定を受ける、とする患者の真意、自己決定権を侵害したものであるから、人権侵害行為である。
 
即ち、

@ 「脳死した者の身体」について、法は別紙のとおり、1)深昏睡、2)瞳孔の4mm以上の散大、3)脳幹反射の消失、4)平坦脳波、5)自発呼吸の消失という厳格な5つの判定基準を定めている。

A上記3)の脳幹反射の消失をみる検査には別紙のとお7項目の検査項目があり、そのうちの前庭反射消失の検査は、「補遺」、脳死判定基準覚書、指針(ガイドライン)で約4℃の氷水50ml以上を外耳道に入れて、目球の動きが表れるか否か判断することになっている(なお、前庭反射検査は、当初竹内基準では冷水で行うものとされていたが、「補遺」により氷水で行うものと厳格化された)。
 又、無呼吸テストを開始するためには、患者の動脈血炭素ガス分圧(PaCO2)が35〜4545水銀柱ミリの範囲内にあることを確認して行うことになっている。

B脳死判定手続を当時の関連学会の最新の知見に基づき最低限の要件として厳格に定めた理由は、脳死が疑われる患者の生命に対する権利、十分な救命・蘇生医療を受ける権利・最善の医療を受けられる権利を守り、患者の自己決定が行使される基盤を保護して、早すぎる脳死、作られる脳死を防止するところにあり(なお、日弁連は、脳死判定の検査項目として、脳循環・脳代謝喪失をみる検査を加えるように求めてきた)、かつ、上記の定められた検査方法を遵守することは、脳死判定手続の適正さ、公正さを確保し、国民の臓器移植に対する信頗を醸成するとともに脳死判定手続がなし崩し的にルーズになることを防止するためにも極めて大事な定めと考えられる。

C患者の意思の解釈としても、患者の真意は、法律、「補遺」、脳死判定基準覚書、指針(ガイドライン)を遵守した公正・適正な手続により自らの命が脳死と判断されたときは、臓器を他人の命を救うために提供しよう(その結果として、患者は死に至る)というものであると考えるべきである。

D従って、前庭反射消失検査につき、
他の脳幹反射消失に関する検査の結果から、「補遺」や指針(ガイドライン)等により前庭反射消失検査として定められた方法を採らず、これを無視ないし軽視することは許されない。
 「作業班」が、相手方における前庭反射消失検査の問題点を指摘しつつも、本件は総合的に判断し脳死と判定できるとした点は脳死判定の厳格さに欠け、下記A)に指摘した
「補遺」の考え方に照らしても、妥当でない。
 
「補遺」においても(甲2の2P113)、脳幹反射消失検査は、極めて重要であり、前庭反射消失検査を含む7項目のすべてが検査できないときは、厚生省基準による脳死判定は不可能となる旨明言する。
 
主治医は、エア・カロリック・テスト(24℃に冷した空気などを耳に注入して目球の動きをみる)という他の方法により代用できたと主張するが、「作業班」による報告書(甲1P7、9)でも指針(ガイドライン)等に反した問題点は指摘されているし、4℃位の氷水24℃の空気ではその反応に自ら違いが出ることが容易に予想しえるところである。

 よって、主治医の前庭反射検査は不適切であり、約4℃の氷水で行えばあったかもしれない患者の前庭反射、ひいては脳幹反射を見落した危険を無視することはできない。
 
主治医は頭蓋骨の骨折があり、冷却水を注入したのでは、脳が細菌に感染されるおそれがあったと主張するが、そうであれば、脳死判定を中止すべきであった。

 事実、99年6月藤田保健衛生大学病院で10代の女性患者の第1回法的脳死判定が行われたが、前庭反射が左耳の鼓膜が破れていたため右耳にしかなされていないことが判明し、厚生省の指示により、第2回目の脳死判定は中止されている。

E又、無呼吸テスト開始の要件を満たしていなかったことにつき、
主治医は、予備検査ではPaCO2(動脈血炭素ガス分圧)がガイドラインで定められた範囲内であったと主張するが(申立人ら提出甲7の9新聞報道、相手方からの平成15年1月28日付回答など)、仮にそうだとしても、やはり正式な法的脳死判定(第―回)無呼吸テストを実施したときは、PaCO2が指針等で定めた検査を開始するための範囲内にはなかったのであるから、無呼吸テストを実施し、かつ継続したことは許されない。

 なお、上記範囲を外れた(31.7水銀柱ミリ)所から無呼吸テストを開始することは、それだけPaCO2が60水銀柱ミリ以上に上昇するまでの時間、換言すれば人工呼吸器を外している時間が長くなることを意味し、患者(ドナー)に対する侵襲の程度がより強くなることは無視できない。
 
主治医は、正式な無呼吸テストに入って5分後に上記事実(31.7水銀柱ミリ)を知らされ、検査のやり直しによる患者の負担を考慮したと主張するが、患者にすればその後に自らの生命を失うという「究極の負担」がまっているのであり、検査のやり直しの負担とは比較にならない。
よって、患者の負担云々を考え、検査のやり直しをしなかったという主治医の主張は妥当でない。

第7 結論


 よって、古川市立病院に対し、今後患者(ドナー)の脳死判定を行う場合は、法律、「補遺」、「覚書」や指針(ガイドライン)を厳格に遵守して脳死判定を行うよう勧告するのが相当である
以上
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