| 2004(平成16)年3月3日 |
| 医療法人徳州会 福岡徳州会病院 殿 |
福岡県弁護士会
会長 前田 豊
同人権擁護委員会
委員長 安部 尚志 |
| 勧告書 |
当会は、弁護士法に規定された弁護士の使命である基本的人権の擁護と社会正義の実現を期するために人権擁委員会を設け、人権侵犯救済申立を受けた案件について調査を行い、事案に応じて適宜の措置をとることとしています。
このたび、岡本隆吉外236名の申立にかかる案件について、人権擁護委員会で調査・検討を重ねた結果、貴院に対して下記のとおりの勧告をすべきものとの結論に達し、当会の議決機関である常義委員会においてこれを承認しましたので、下記のとおり勧告致します。 |
| 記 |
勧告の趣旨
貴院が2000年7月3日に行った臨床的脳死判定における平坦脳波の確認は、臓器の移植に関する法律、同施行規則、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の補遺、厚生省「法的脳死判マニュアル」に定められた検査方法を採らなかったものであり、そのためアーチファクト様の波形の混入により、脳由来の波形の有無を判定することは困難であったにもかかわらず、漫然と平坦脳波と判定したもので、患者の生命徴候である脳波の検出を見落とした危険を無視することはできず、しかもそれは患者の真意に反し自己決定権を侵害したものであり、人権侵害であると判断されます。
従って、貴院におかれては、今後同様な事態が生じないよう、臓器の移植に関する法律、同施行規則、厚生省脳死判定基準(竹内基準)の補遺、厚生省「法的脳死判定マニュアル」等各基準を遵守して脳死判定を行うよう勧告します。
貴院においては、本件に関する当会人権擁護委員会の調査協力要請に対し、一切の協力を拒否されました。
しかしながら、このような対応は弁護士会の人権調査活動の意義を全く理解しないものであり、「(脳死)判定が臓器確保のために安易に行われるとの不信を生じないよう医療不信の解消及び医療倫理の確立に努める」移植法制定時の参議院附帯決議の理念からも導かれる、脳死臓器移植を実施する医療機関が負っている、脳死判定手続きの公正さに関する説明責任に反するものです。
従って、本件について、直ちに情報公開を行って説明を尽くすとともに、今後なされる脳死臓器移植においては、救命措置の内容、脳死判定手続き、移植手続き等について、適正さが担保されたことについて国民の信頼を得るために、情報を公開し、説明責任を尽くすよう勧告します。
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| 勧告の理由 |
第1 当事者
1 申立人 氏名 岡本隆吉ほか236名
2 相手方 名称 医療法人徳洲会福岡徳洲会病院 |
第2 申立の概要
相手方の病院勤務医師による脳死判定手続に違法があり、その結果、相手方が臓器提供患者の人権を著しく侵害したので、相手方に対して、人権救済のための警告を発することを求める。 |
第3 調査の経過
01.2.23 申立人らから事情聴取
01.3. 9 本調査開始
01.3.19 相手方病院に対する文書による調査協力依頼
01.4.27 検証会議が「脳死判定がやり直されたのは、病院が臨床的な脳死診断時に、提供者の脳波が平らかどうか確認できていなかったため。救命治療や脳死判定については適切だった。判定のやり直しについても慎重に手続きを進めたためで、問題ない。病院側の記者会見など情報提供については不適切な部分もあった。」と発表
01.5. 9 相手方担当者小野氏に対し、回答の要請を電話で行う。同氏より、「審査会の情報があと1ないし2ヶ月で開示されるので、それまでは何も回答することができない。これまでも回答したことについていろいろ揚げ足を取られたのでそう対応することになっている。これは院長の考えである。」という返事。
01.5.21 相手方担当者小野氏に対し、再度の回答要請。同氏より、「検証会議の報告書が文書化されたら、調査協力依頼書にも何らかの回答をする。放置はしない。」、「検証会議の見解をふまえた上で弁護士会への回答を行いたい。」と回答
01.7 相手方より「公開には遺族からの承諾が必要」との回答
01.11 検証会議の報告書が公表される
02.1.28 相手方病院に対する文書による再度の調査協力依頼
02.3. 1 相手方病院より、「検証会議の結果をホームページで公表した。独自の回答は、その表現により無用の混乱を招くものと判断し、ご遠慮させでいただきだい」との回答
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第4 事案の経過
本件の事実経過は、相手方が"脳死下での臓器提供事例に係る検証会議"に報告した"診断・治療概要"によると、次のとおりである。
2000.6/28
17:15 患者が受傷
17:42 相手方病院に救急搬送された。来院直後に心肺停止を生じたが、蘇生。
18:45 外傷性くも膜下出血、原発性脳幹損傷と診断。
19:32 人工呼吸器を装着し、引き続きICUで治療を継続。家族に対し救命は困難な状況と説明。
同6/30 深昏睡(JCS300)、瞳孔散大、対光反射、自発呼吸なし。主治医から家族に現在の臨床症状と脳波平坦の結果を説明し、臨床的には脳死に近い旨を説明した。家族より、患者自身が臓器提供意思表示カードを持っていたが現在はどこにあるかわからないとの申し出があった。
同7/2
20:00 家族が臓器提供者カードを持参し、脳外科当直医が対応した。
20:10 当直医が院長に報告した。
20:18 ネットワーク九州沖縄ブロックのコーデイネ一タ一に連絡。
20:15 ネットワークのコーディネーターとの話し合いがもたれた(ネットワークのコーディネーター、主治医、脳外科医、当院コーディネーター)。翌日院長が来てから再度話し合うことになった。
同7/3
9:55 臨床的な脳死判定の診断。
10:35 主治医側とネットワークのコーディネーターと話し合い。
11:50 ネットワークのコーディネーターと家族が話し合い。両親の合意は得られたが、患者の姉弟(3人)の合意が十分に得られておらず、再度話し合いをすることとした。
16:40 ネットワークのコーディネーターと姉弟を含めた話し合い。
17:28 脳死判定承諾書及び臓器摘出承諾書受領。これにより脳死判定を開始することが確認された。
18:47 法的脳死判定開始(麻酔科医師、神経内科医師)。両医師により、深昏睡、瞳孔散大、脳幹反射診察進む。法的脳死判定を行っている際に、神経内科医師が、臨床的な脳死判定に用いた脳波について問題提起をした。このため脳死判定をやめ、臨床的な脳死判定をやり直す必要があると考え、ネットワークのコーディネーターに法的脳死判定の中止を伝えた。引き続き臨床的な脳死判定をやり直した。その後、麻酔科医師が、咳反射(吸引管を気管チューブに挿入し機械的刺激を加えると胸郭が動く)があると診断した。神経内科医師は、咳反射については、麻酔科医師と異なる判断であった。この時点で臨床的に脳死の状態ではないと診断された。
同7/4
8:00 回診にて診察(咳反射あり)
19:00 脳外科回診にて診察(咳反射あり)。この際、気管内チューブに吸引管を挿入し、機械的刺激を加えても反射はなく、吸引した場合にのみ胸郭、心窩部が微妙に動くことが判明した)。
同7/5
8:30 脳外科回診にて(同様の咳反射あり)
19:30 脳外科回診にて(同様の咳反射あり)
同7/6
8:00 脳外科回診にて(同様の咳反射あり、右胸郭のみ)
18:15 脳外科回診にて(同様の咳反射あり)。咳反射はかなり弱くなっていた(右にわずかに出現)。
同7/7
8:00 脳外科回診にて(同様の咳反射あり、右胸郭に弱い反射あり)
9:15 ICUにて麻酔科医師、脳外科医師、主治医で咳反射を行った。単純な機械的刺激で陰性、吸引しても陰性であった。
12:30 臨床的な脳死判定の診断開始。
15:40 臨床的に脳死と診断。家族から臓器移植に対する考えが変わらないことを確認。
16:05 ネットワーク九州沖縄ブロックのコーディネーターに連絡した。
18:04 ネットワーク九州沖縄ブロックのコーディネーター到着。
18:20 ネットワークのコーディネーターと家族が話し合いを持つ。
19:20 脳死判定承諾書及び臓器摘出承諾書受領。
19:23 第一回法的脳死判定開始。麻酔科医師、神経内科医師が法的脳死判定開始を宣言。
21:37 第一回法的脳死判定終了。
同7/8
3:40 第二回法的脳死判定開始。
5:48 第二回法的脳死判定終了。死亡確認。
6:49 福岡県警実況見分開始。
7:21 実況見分終了。
16:10 臓器摘出手術開始。右肺(16:46)、心臓(17:58)、左肺(18:08)、肝臓(18:29)、左右腎臓(18:34)
19:15 手術室退出
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第5 判断
1 臨床的脳死判定の問題点について
(1) 本件の臨床的脳死判定についての事実経過の検討
「臓器の移植に関する法律の運用に関する指針」(以下、「ガイドライン」という)によれば、脳死判定までの過程については、主治医等により臨床的に脳死と判断された後、主治医が、脳死判定対象者の家族の承諾を得て、臓器移植ネットワーク等の臓器あっせんにかかる連絡調整を行う者(以下、「コーディネーター」という)の派遣を臓器移植ネットワークに要請し、次に、派遣されたコーディネーターが家族に対して臓器移植の説明を行った上で、法的脳死判定を行うこと及び臓器を提供することを拒まない意思があるか否かについて家族に確認し、拒まない意思を有している場合にはじめて法に規定する脳死判定(法的脳死判定)を行うものとされている。
本件においては、事実経過を判断するための唯一の資料は「第9例目の脳死下での臓器提供事例は係る検証結果に関する報告書」(以下、「報告書」という)のみであるから、これによってその事実経過を認定する。
7月3日午前9時55分に臨床的な脳死の判断がなされ、その後コーディネーターによる家族との間での話し合いが行われた後に、同日午後6時47分に法的脳死判定が開始されているものである。
なお、上記のとおり、法的脳死判定に入る前提として、主治医等による臨床的脳死判定が為されている必要がある。この臨床的脳死判定においては、ガイドラインの第4によれば、@深昏睡、A瞳孔が固定し、瞳孔径が左右とも4ミリメートル以上であること、B脳幹反射(対光反射、角膜反射、毛様脊椎反射、眼球頭反射、前庭反射、咽頭反射、咳反射)の消失、C平坦脳波、D自発呼吸の消失、の5つの脳死判定基準のうちD
「自発呼吸の消失」を除いたすべての内容を充たしている必要があるとされている。よって、本件についても、臨床的脳死判定の行われた7月3日午前9時55分の段階で、脳死判定基準のうち、@からCの内容はすべて充たしているべきであり、かつ、そのことを前提に法的脳死判定が開始されるべきであった。
ところが、本件はおいては、法的脳死判定開始後に、脳死判定医師の1名より、臨床的脳死判定に用いられた脳波記録について、アーチファクト(人工的要因)の混入により平坦脳波の判定を困難にしている旨の意見が出され、このために法的脳死判定が中止された。
(2) 平坦脳波についての検討
そこで、臨床的脳死判定の段階における平坦脳波についての判断が適切であったかどうかという点について検討する。
平坦脳波とは、60年度研究報告書によれば、大脳機能が喪失したか否かについて判断するための指標となるものである。そして、この検査は、「脳死判定基準の補遺」ないしは旧厚生省発行の「法的脳死判定マニュアル」(以下、「マニュアル」という)によれば、深昏睡、瞳孔の固定、脳幹反射の消失というすべての条件を満たした場合に行われるべきもので、最低4導出の同時記録を、30分間以上記録した場合に平坦脳波と認定すべきものとされている。
なお、脳波検出の際には、心電図、筋電図、振動、痛み刺激及び人の動き等の様々な理由により、脳波にアーチファクトが混入し、平坦脳波の判定を困難にさせる場合が見られる。従って、検査の際には、アーチファクトの混入を防止するため、検査室の条件(個室が望ましい等)、脳波計の条件(独立電源を用いる等)、被験者への準備(患者頭部を壁から離す等)、周辺機器の準備、室温、電極の装着、及び検査の条件(心電図の同時計測は必須等)など、検査の際の注意項目がマニュアルに詳細に記載されているものである。
そこで、本件における臨床的脳死判定における平坦脳波の判断について検討するに、平坦脳波については、「報告書」によれば、臨床的脳死判定の際に用いられた脳波は、これに説明困難な低振幅低周波のアーチファクト様の波形が混入していたため、当該脳波によっては、脳由来の波形の有無を判断することは困難であったと記されている。
従って、当該脳波記録によって、法的脳死の条件である「平坦脳波」である旨の判定を行うことは不可能であったものであり、上記のとおり、ガイドラインにおいて、臨床的脳死判定の際には、自発呼吸の喪失を除くすべての脳死判定基準を充足していることを要する、とされていることに照らせば、本件においては、ガイドラインの定める法的脳死判定開始の要件を充たしていなかったものと評価できるものである。
(3) 結論
本件においては、臨床的脳死判定の段階において、平坦脳波であると判断し得ない脳波記録であったのに、相手方主治医が平坦脳波」であるとの判断をしたこと、そのために、本来、法的脳死判定手続を行い得ない状況であったにもかかわらず、法的脳死判定が開始されたという事実が認められるものである。
ガイドラインにおいては、仮に臨床的に脳死と判断された場合においても、法的に脳死と判定される以前においては、主治医は、患者の医療に最善の努力を尽くすことが要求されているものの、実際のところ、臨床的に脳死と判定され、臓器移植を待つ患者に対して、その回復を図るために、臨床的脳死判定以前と同等の、真に最善の治療が行われるものとは期待し難く、本件においても、主治医による杜撰な臨床的脳死判定が行われた結果、当該患者に対する適切な治療が事実上打ち切られ、回復の機会を奪われたものと充分に考えられるところである。
「脳死」とは、臓器の機能に障害がある者に対してその臓器の機能の回復又は付与させることを目的として、一定の法や施行規則の定める条件を充足した場合に限り、「人間の死」という状態を、通常認識されている状態よりも早期に認定するものと言うことができる。そして、脳死判断に引き続き、臓器移植が行われることが予定されていることから、病院ないし医師の側では、臓器移植を急ぐ余り、杜撰な脳死判定をするおそれも拭い去りがたいところであるので、臓器移植法・同法施行規則等は、このような状況下で誤った脳死判定が行われるのを防止するために、当時の最新の知見に基づいて脳死判定基準を定立し、そのための手順や検査方法を定めたものである。
したがって、脳死判定においては、所定の脳死判定の手順・検査方法をすべて遵守した上で、当該患者に脳死判定基準として定められた事項のすべてが充足していることが認められた場合に初めて脳死と判断し得るものである。そして、このような手続きをすべて遵守することそれ自体が、早すぎる脳死・作られる脳死を防止することに寄与し、併せて、当該患者の救命・蘇生に向けた十分な医療行為を受ける権利を保障することに加え、上記の手続きがすべて遵守されることを前提にして自己の意思で臓器移植に合意した当該患者の生命についての自己決定権を保護するものであり、ひいては、脳死判定手続きの適正・公正さを担保し、国民の臓器移植に対する信頼を醸成するための不可欠の要素となるものである。
このように、脳死判定においては、そのための手続きを遵守することそれ自体が患者の人権保護に資するものであるにもかかわらず、本件においては、臨床的脳死判定の際に、「平坦脳波」について誤った判断がなされたために、本来、法的脳死判定開始のための条件を欠いた状態であるにもかかわらず法的脳死判定が開始されている。よって、本件においては、脳死判定手続が遵守されたものとは到底言い難く、上記のとおり手続違背の事実自体が人権侵害行為となるものであるから、本件においても、患者の人権を侵害する行為が存したものと認定しうる。
2 相手方の調査拒否に関して
(1)人権調査活動の意義
弁護士会の人権救済申立事件に対する調査活動は、弁護士の使命が基本的人権の擁護にあるという職務の性格自体から要請されるものであり、そのような要請を法によって確認したものが、弁護士法1条である。
同条1項は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と定めるとともに、同条2項は、「弁護士は、前項の使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」として、弁護士及び弁護士会が、基本的人権擁護の活動を行うこと及びその活動を通じて、社会制度、法制度を人権擁護に合致したものに改善すべきことを義務として課しているのである。
人権擁護委員会における人権救済申立事件の調査は、このように、弁護士あるいは弁護士会の最も基本的義務として定められたもので、社会制度を人権擁護に適するよう改善するという崇高な使命に向けられたものである。そのため、人権侵犯の疑いがあるとして申し立てられた事件の調査が合理的な理由もなく不十分なままに終わったり、その結果として、社会制度に埋もれている人権侵害が看過され、放置されることがあってはならないものである。
従って、弁護士法1条に基づく人権救済申立事件の調査に際し、相手方となったものは、その社会的責任に応じて、弁護士会の調査に協力し、申立事件に関し、人権侵害の有無について可能な限り説明に応じるべき義務があるというべきである。
(2)相手方の説明義務
前項において検討したとおり、脳死臓器移植を希望するもの以外の者にとって、脳死は人の死とされていないのであるから、脳死判定は慎重になされなければならない。
臓器の移植に関する法律の参議院附帯決議第7項が
「(脳死)判定が臓器確保のために安易に行われるとの不信を生じないよう医療不信の解消及び医療倫理の確立に努める」としているのも、脳死判定の適切さの確保と、医療不信の解消を当該医療機関にも求める趣旨である。
我が国において脳死段階における臓器移植に対して根強い反対がある理由の1つは、和田心臓移植事件を典型とする臓器移植医療への強い不信感である。
和田心臓移植事件においては、ドナーの脳死判定に疑念が残り、心臓摘出によってドナーが死亡したのではないかという疑いが払拭されなかった。そのため、脳死による心臓等の臓器提供に際しては、患者の死に至るまで最善の医療を受ける権利が侵害されるのではないか、と多数の国民が不安や疑念を抱いたのである。
従って、脳死判定を行う医療機関においては、多数の国民が抱いているこれらの不安や疑念を払拭するために、また、脳死による臓器提供という制度自体が信頼できるものであることを示すためには、臓器移植の意思を表明した患者の最期まで最善の治療を受ける権利、及び適正な手続きを受ける権利を全うすることはもとより、そのような経過が公正であったことに関して、患者個人のプライバシーに配慮しつつも説明を尽くしていくべき義務を負っているものである。
また、本件においては、臨床的脳死判定において認められなかった咳反射が、法的脳死判定において認められたという事案であるから、仮に臨床的脳死判定における咳反射の認定が誤っていれば、それ自体において脳死判定方法自体が誤りであったという重大な問題となりうるし、逆にその判定が正しいものであったとすれば、いったん適切な判定により消失していた咳反射が、6時間以上経過後に復活したことになるのであるから、国レベルにおいて脳死判定基準自体を改訂する必要性が生じうる重要な問題点を含んでいたものである。
従って、相手方病院は、一般的な説明義務はもとより、本件に固有の具体的問題点について十分に説明を尽くすべき義務を負っているものと言うべきである。
(3)相手方の説明放棄の理由について
しかるに、本件における相手方病院の対応は、本件における―切の事実経過を明らかにせず、臨床的脳死判定における咳反射の認定方法や、相手方病院が主張する、適切な医療が行われたとの内容の詳細等について―切明らかにせず、説明を尽くそうという意思が全く認められないものであった。同種の脳死臓器移植事件における日本弁護士連合会等のこれまでの調査においては見られなかった極めて特異な対応である。
このような態度は、脳死判定という、人の生命の終期の特例を扱う医療機関が担っている重大な社会的責任に反するものである。脳死判定の不適切さについて日本弁護士連合会から複数の勧告が出されている中で、一切の調査を拒否するという対応が、「(脳死)判定が臓器確保のために安易に行われるとの不信を生じないよう医療不信の解消及び医療倫理の確立に努める」義務に反し、極めて不当なことは明らかというべきである。
なお、相手方病院は、家族の承諾がないことをもって弁護士会の調査に対する説明をしない根拠として指摘している。
しかしながら、当会は、カルテ等の医療記録―切を当金人権擁護委員会に対し開示せよと求めているものではない。脳死判定手続きの公正さを確認するための説明としては、患者の氏名等のプライバシー情報については―切触れないまま行うことが十分に可能である。
現に、相手方病院は、検証会議に対しては情報を公開して―定の説明を行っているし、厚生労働省は、その結果をホームページ上に公開しているのである。それに対し、相手方病院は何ら異論を唱えていないのであるから、脳死判定手続きの公正さの判断にかかる情報を開示することが、患者、遺族のプライバシー保護の要請と何ら矛盾するものではないことは、相手方病院は知悉しているものと言うべきである。
相手方病院は、それを十分承知しているからこそ、当初は、当会の調査に対しても、検証会議の結果が出れば説明を行う旨自認していたのである。
しかるに、突如として、家族の承諾等を持ち出し、説明を放棄してしまったのであり、これは、自らの説明責任を放棄するための口実としか評価し得ないものであって、全く合理性はない。
3 結論
従って、勧告の趣旨記載の通り勧告するものである。
以 上 |
福岡弁護士会は、
福岡徳州会病院への勧告と同時に、厚生労働省に対しても以下の要望を提出
厚生労働大臣に対する福岡県弁護士会の要望
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